たぬたぬちゃがま

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いない。いない。いない!!!
「っだー!!!どこにいるんだあいつは!!!」
何度目になるかわからないと思いながら社内電話をガチャリと切った。
「また捕まらなかったんすか〜。」
後輩ののんびりとした口調すらも腹が立つ。
「あいつ総務課行くって言ってたよね!?総務に電話したら営業1課に行くって言われて、営業1課にかけたら保全保守課に行くって言われて……!!タイミングが悪い!!!」
わなわなと手が震える。元はといえばやつが書類の山を説明なしに「あとはよろしく」とだけ書いたふせんを貼って私の机の上に放置したのが発端なのだ。
「確認の電話をするたびに仕事内容が肥大していく……!!」
電話する先々で『そういえば彼には言い忘れたんだけど、』と仕事を振られまくった。なぜ。
「わらしべ長者みたいっすね。」
「こんなおしごと長者がいてたまるかァ!!」
いらいらしながらまとめた文章を企画ごとに分類し、ふせんで「お前の分だ馬鹿」と大きく書いて貼り付ける。もう腹が立って仕方ない。
「コーヒー休憩してくる!」
「俺もコーヒー欲しいっす〜。」
「先輩をパシるな!しばくぞ!!!」
ドスドスと音を立てているのも気にせず、別フロアにある自販機に向けて歩いていった。


「……静かだねぇ。」
「あ、せんぱーい。タイミング最高?最悪?かわからないけど、お怒りっすよ。」
先ほどまで探されていた先輩がひょっこり帰ってきた。狙っているのか、いないのか。彼女があんなに血眼になって探していたのはなんだったのか。
「文字からも怒りが伝わってくるねぇ。」
呪いでも込めたのかと言わんばかりの文字。それでも先輩は嬉しそうにニコニコ笑っている。
「わざとだったら性格悪いっすよ。」
「大丈夫、もう知られてるからぁ。」
それ大丈夫とは言わないのでは。それを言わない自分は後輩の鏡である。
「コーヒー休憩行くって言ってましたよ。」
「りょーかーい。じゃあお茶請けを渡してやるかぁ。」
ポケットから、いろんな課からもらってきたであろうお菓子を置いていく。
「まーたそういうことする。」
思わず呆れてしまう。わかっててやってる、この人。
「いやー、俺ってばタイミングがいいなぁ。」
鼻歌を歌いながら買ってきていたコーヒーを飲む先輩を尻目に、この後フロアに響く怒号を想像した。


【タイミング】

7/30/2025, 4:53:40 AM