8月、君に会いたい。
そんな題名のホラーを、彼女は友人から借りてきた。
「まだ配信されてないんだって。」
晩ご飯を食べ、お風呂に入り、ソファで落ち着いたところで彼女はいそいそとパソコンにDVDを入れる。テレビに映し出すケーブルは自分が接続した。
昭和初期が舞台。出征した恋人を待つ主人公。
無言の帰宅をした恋人に、会えるのはお盆の短い期間だけ。
「怖いっていうより、切ない話だったね。」
初めは年に1度の逢瀬に喜んだ主人公だが、年を追うごとに考えが変わり、容姿が変わり、環境が変わり。変わらないのは愛おしいはずの恋人だけ。その恋人に、主人公は何を思うのか。
「愛って変わっちゃうのかなあ。」
「まぁ、生きている限りは変わるんじゃねーか?」
その言葉を聞き、彼女は納得がいかないような顔をした。少女漫画のような永遠の恋など存在しない、と思いたくないのだろう。
「会わなければ変わらねぇよ。」
そう、男は主人公に会いにいかなければよかったのだ。そうすれば、彼女の心の中でずっと生き続けられた。『死んだ恋人』という、誰にも敵わない、犯されることのない、彼女の心の奥深くに居座る存在になることができたのだ。
会いたいと欲を出した結果、男は女を逃してしまうのだ。前を向いた彼女を、死人はどうしたって止めることはできない。
「愛の種類が変わるって切ないね。あー泣けた。」
「種類?」
彼女の言っている意味がわからず問いかけた。
「だって主人公はわかってるもの。どうして8月に会いにきたのか。その後も会い続けるのか。それでも主人公は会いたかったんだね。」
老い続ける自分を見ても、あなたは愛を貫けるのか?と。
「だから君に会いたいなんだね〜。」
ハンカチで涙を拭きつつDVDをしまう彼女。その後ろ姿がやけに儚げに見えた。
そんな考えがあるなんて、思わなかった。
そっと手を引き、後ろから抱きしめる。
「どうしたの?」
あぁ、きっと恋人の男もこんな気持ちだったのか。
問いかけに返さず、抱きしめる腕に力を込めた。
【8月、君に会いたい】
8/2/2025, 4:57:05 AM