たぬたぬちゃがま

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7/23/2025, 9:12:40 AM

女の子が泣いている。
男の子が必死になだめているが、目から溢れる涙は止まることなく、女の子の手だけではなく頬、服、地面を濡らしていた。

「また会えるから、泣かないで?」
「いや。そう言ってきっと会えないんだもの。」
彼のポケットに入っていたハンカチは涙を吸って使い物にならなくなっている。それでも彼はそれで私の涙を拭い続けた。
「いつもそう。私が泣くとあなたは嘘つきになるの。」
「……ごめんね。」
傷ついたような顔。どうしてそんな顔をするんだろう、と思った。泣いているのは私なのに。毎回嘘をつかれているのは私なのに。
「きっとあなたは迎えに来ないわ。嘘つきだもの。」
傷つけたいわけじゃないのに、口から出るのは悪態ばかり。そんな自分に嫌気がさした。
「……迎えに、行くから。」
「え?」
彼はキョトンとした顔で彼女の顔をみつめた。
「あなたが来ないなら、私があなたを見つける。迎えに行く。嫌って言っても攫うから。」
「……まるで悪役の台詞だね。」
彼はまるで子どもをあやすかのように頭を撫でる。歳はそんなに離れていないのに。
「そう、悪役よ。すべてを手に入れるためならなんでもする悪役王子。あなたは囚われのお姫様になるの、捕まえたら絶対に離さないから。」
「……僕が姫かぁ。」
クックッと笑う彼は、きっと本気にしていない。その油断が命取りになると知るのはいつだろうか。
「絶対見つけるから。」
「はいはい、待ってるね。」
嘘つき姫はまた嘘をつく。
いつかはわからない。けど絶対に、その嘘を本当にしよう。
私は決意を込めて彼の服に涙をこすりつけた。

  
【またいつか】

7/22/2025, 3:52:05 AM

「天体観測はな、本当は冬がいいんだ。」
望遠鏡を覗き込んでいたら、彼が教えてくれた。
「空気が澄んでるっていうのかな。星が綺麗に見えるんだ。」
「夏の自由研究のイメージありましたけど、そうなんですね。」
子供の頃、家族を巻き込んで空を見上げたのを思い出す。星座図を見ながら目当ての星座を探すも見つからず、姉と喧嘩になったのも芋づる式に思い出し苦笑した。
「……姉と喧嘩したことでも思い出したか。」
「なんでもお見通しですね、そのとおりです。」
「俺も弟と喧嘩したからな。」
どこの家でもやるんだな、と2人でくすくす笑う。
「ほら、あれが織姫と彦星だ。」
あれは肉眼でも見える、と指差した先には大きな三角形。学校でも真っ先に教えられる星座だ。そして、星座に関わる物語で最も有名なもののひとつでもある。
「私たちは離れませんよね。」
ぽつりと呟くと、彼は笑いながら頭を撫でてきた。
「あれはおとぎ話だろ?俺たちを離すやつなんかいねえよ。」
まるで子供をあやすような口調に、安心すると同時に少し不満になる。その感情が伝わったのか、彼はクックッと笑った。
「冬も一緒に見よう。本当に綺麗なんだ。」
その言葉に返事をする代わりに、彼の胸に飛び込み抱きしめた。


【星を追いかけて】

7/21/2025, 4:24:10 AM

ぬんっ ぬんっ ぬんっ

彼女の声で目が覚める。大方棚の上のコーヒーかなにかを取ろうと手を伸ばしているのだろうが、掛け声が間抜け可愛くて笑みが溢れる。
そっとキッチンを覗くと、指先が触れる程度しか届いておらず、必死に手を伸ばしながら「ぬ〜〜んっ」と声を出す彼女がいた。かわいい。
「ほら、これでいいか?」
すっと取ってやると、嬉しそうな顔をするでもなく、眉尻をさげられた。
「……起こしちゃいました?」
「ちょうどコーヒーが飲みたかったところだ。入れてくれるか?」
頭を撫でるととたんに表情は明るくなりいそいそとコーヒーを入れる。
「コーヒーミルでいれるのも挑戦してみたいんですよね。」
とぽぽ、とドリッパーにお湯を入れる。ふわりと空間にコーヒーの匂いが広がった。
「ブラックですか?」
「ああ。お前はミルクだろ?」
「ええ、たっぷりです!」
机の上に置かれたコーヒーを2人で飲む。あぁ、幸せだ。
「コーヒーの粉、あんなに上に置いた覚えがないんですけどねえ……。」
「俺がおいたからな。」
彼女は目を丸くしたかと思ったら頬を膨らませて拗ねた顔をする。
「どうしてそんな意地悪するですか?」
「お前と一緒にやる口実ができるからだよ。」
ごめんごめん、と頭を撫でると彼女はふいとそっぽを向く。あぁかわいい。
「……コーヒーの匂いの中、おはようって起こしに行きたかったんです。」
蚊の鳴くような声に、思わず彼女を抱きしめる。この込み上がる気持ちは、きっと。
「期待して、待ってる。」
彼女の赤い耳に頬擦りしながら囁いた。


【今を生きる】

7/20/2025, 9:30:21 AM

あとは私が塔から身を投げれば完璧だった。
塔の下から泣き叫ぶ彼の顔を見るまでは。


政略結婚のはずでした。
父は彼ら一族の内情を探りたかった。
彼らは父たち一族の内情を探りたかった。
本来政略結婚とは一族においても重要な位置にいる人物、もしくはその娘があてがわれる。遠縁すぎて裏切られても互いのためにならないからだ。
それでも父の娘である私は選ばれた。側室どころかメイドへのお手つきで生まれた末端中の末端。父にとって夫人が1番らしいが、酔った拍子に手をつけてしまったらしい。実の母は退職金という名の口止め料を相場の何倍ももらい屋敷を去ったそうだ。
夫人はそんな私を愛情込めて育ててくれた。与えられる物品などに嫡子との差はもちろんあったが、向こうは跡取りである。差を感じ取るたびにごめんね、と慰める夫人に罪悪感が募った。
そんな私に縁談を持ってきたのは父だった。やっと役に立つと言う父に、夫人は最後まで反対していた。

新しい夫は、無表情な人でした。
最低限の言葉しか交わさず、最低限の業務をこなし過ごしていました。
私だって、これが延々と続くものではないことくらい、わかっていました。


家が没落しました。父の悪事がついに王の耳に入ったそうです。異母兄たちは夫人の計らいでみな海外に居住を移した後でした。私だけ、父の強い希望で外に出ることは叶わなかった。国内に残っていた私も処刑の対象だそうです。
「ごめんなさい」というのが彼女の最期の言葉だったそうです。

夫人は常日頃言っていました。ごめんなさいと。夫人もまた、望んできた人ではなかった。
でも父もまた、望んだ人と共になれなかった。だからこそ夫人の言葉も響かなかったのだろう。


塔の上に立つ。
嫡子が国外にいる以上、責を負うべき子供は私だ。夫人のためにも、恩に報わなくてはいけない。
ふと、叫び声が聞こえた。遠すぎて何を言っているかはわからない。でも、それが夫で、無表情な夫で、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んでいた。
自分がなにかしたのだろうか。いや、父に何かされたのを聞けと言っているのかもしれない。
こんな私に慕われていたなんて、あなたは知らなくてもいいんです。
彼が叫びながら部下を塔へ入るよう指示をしている。夫は私の顔を見ながら、なにかをずっと叫び続けている。
あぁ、彼の顔が、感情が、私に向いていることがこんなに嬉しいなんて。なんて浅ましい。なんて醜い。醜い私をこれ以上見せたくなくて、塔を飛んだ。

私は精一杯の笑顔を彼に見せた。
彼に対する誠意だと思ったから。


【飛べ】

7/19/2025, 8:04:41 AM

特別な日、君は何する?

「お寿司!」
「おすし!」
2人の幼い兄弟はイェーイとハイタッチする。
もう食べに行くことは決定しているようだ。
「何食べるの?」
「サーモン!」
「たまご!」
即答。食べるものも決まっているらしく、毎回ルーティーンのように選んでいる。
「回るお寿司とはいえ、高いんだよなぁ……。」
お財布の中身を数え、はぁ、とため息をつく。自分は100円寿司の中から選ばなければ。
財布をしまおうとした時、渋沢栄一が印刷されたお札が財布に舞い込んできた。
「ひぇ!?」
「俺もいく。」
夫がいたずらが成功したかのように笑いかけてくる。今日は残業で帰れないと言っていたのに。
「パパ!今日お仕事ないの!?」
「急いで終わらせたぞ〜!連休だからな!」
嬉しそうな兄を抱き上げ、たかいたかーいと笑いかける。弟も羨ましそうに次はぼく!とズボンを引っ張っている。
「お仕事、大丈夫なんですか?」
「連休くらい、家族で過ごしたいからな。」
答えになっていない答えとともに、額にキスをする。どうにも夫のこの行動に慣れなくて、いまだに顔が赤くなってしまう。
「ママ!早くいこー!」
「まま!」
可愛い我が子たちに呼ばれるがまま、その日の夕食は家族みんなでお寿司屋さんに決定した。
子供たちが1番食べたのは、フライドポテトだった。


【special day】

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