たぬたぬちゃがま

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7/5/2025, 2:12:05 AM

そこは爆発と爆音しかない場所のはずだった。
しかし、自分の耳にそれらは聞こえない。あぁ、ついに耳をやられたか。
ぼんやりと思っていたら微かに歌声が聞こえてきた。
ここは戦場だ。歌なんか聞こえるはずがない。ついに幻聴か。敵襲と間違えるからいっそ耳を潰すか。いや、むしろ幻聴が強化されるかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていたら、女がひょっこり顔を出してきた。
「あの、大丈夫ですか?」
どうやらさっきの歌声は幻聴ではなかったらしい。
「お前、ここの現地民か?」
「うん。」
「ここにいたら襲われるぞ。」
「それは平気。」
けろりとした顔で横に座り、彼女は俺の傷の手当てを始めた。
「物資の無駄遣いはやめろ。お前の仲間に使え。」
「私はあなたに使いたいの。」
彼女は手をあわせて祈りの言葉を呟いた。
「青い風が、あなたをいざないますように。」
「お前の神か?」
聞いたことがない祈りの言葉だった。
「はい、神……の話をすると長くなりますが。」
さも面倒そうな顔をする彼女に、思わず吹き出してしまった。信仰していると自称している割には扱いが雑に感じたからだ。
「どうせ次こそ爆撃を受けたら終わりだ。聞かせてくれ。」
「人の信仰している神を暇つぶしに使わないでもらえます?」
「めっそうもない。布教は神の教えにないのか?」
「ないですね。面倒な教えは聞かなかったことにしているので。知らなければ無いのと同義です。」
やはり彼女の、自身の神に対する態度は雑だ。おそらく彼女個人の考えなんだろう。
彼女はそういいながらも歌を交えながら物語を紡ぐ。先程の祈りの言葉も相まって、流れる風が色付いたように見えた。


【青い風】

7/3/2025, 2:00:38 PM

ちりり、と鈴の音がなる。幼い頃にあなたがくれた、可愛らしい装飾の鈴。今の年齢ではアンバランスだと言われても、手放すことはできなかった。
彼は覚えているだろうか。いや、幼すぎて覚えていないだろう。むしろ、頭の中は例の彼女でいっぱいだ。
いっそいなくなればこの気持ちは晴れるのか。
鈴の音に癒されながら馬車が揺れる。初めはただ悪路の影響かと思ったが、どうも外が騒がしい。
外を見ようとした瞬間、大きな手が私に掴み掛かってきた。鈴を握りめる以外の行動は取れなかった。

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彼女が遠方へ行くため馬車に乗ったという情報と、彼女が死んだという情報は同時に手元に来た。急いで愛馬に飛び乗り死体を確認しようとしたが、彼女は白い布に包まれていた。
賊にやられたと。顔と身体は見ない方がいいと。それが彼女の名誉のためだと。服を整えてくれたのであろう女性が涙を堪えて腕を掴んだ。
僕が見た彼女の最期は、白い布からこぼれた細い手が握り込むあの鈴だけだった。

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ちりり、と鈴が鳴る。
唯一彼女の親が形見に許してくれたものだ。
ーーー君も貴族なら、私がそれを渡した意図がわかるだろう。
冷酷な声に思わず怯んだ。
彼は娘が死んで嘆いているのではない。死んでもなお最善手を打つために頭を回転させている。
これが、貴族。家族の情、恋慕よりもすべて家のために。ひいては領民のために。
彼女はいつも悩んでいた。この父にはついていけぬと。いっそ名前を捨てようかと。
そういってこっそり偽名で始めた平民生活。そこでの彼女は、貴族の彼女とは全く印象が違った。
自分もここで生きていきたい。彼女といたい。
そう思うようになった時、ふと貴族の彼女は寂しそうな顔をしていた。顔が腫れているのは父親に殴られたからだという。
なぜ、あの時腕を掴んで屋敷から飛びさなかったのか。
なぜ、大丈夫といいはる彼女の言葉を鵜呑みにしたのか。
ちりり、という音が彼女の声を代弁している気がした。


【遠くへ行きたい】

7/3/2025, 4:24:06 AM

きらきらきら。
光る宝石をかざして、にんまりと笑みが溢れる。
「綺麗ね、それ。」
「えへへ、この前お祭り行った時に買ってもらったんです。」
屋台のおもちゃだから高いものではない。おそらくガラス製だろう。しかし私にとっては大粒のダイヤモンドより価値があるように思えた。
ふと、宝石をそっと覗き込んでみる。
「あなたの未来が見えます…!」
「はいはい、占いごっこね。お昼どうする?」
いつもクールな友人は絶対にこういうのに乗ってきてくれない。知ってた。
「……銀水晶は一緒にA定食を頼めと言っています!」
「懐かしいわね、銀水晶。私がわかる人間でよかったわね。」
いつだってクールな友人はいなしつつも答えてくれる。こういう時、友達に恵まれたとしみじみ感じるのだ。


【クリスタル】

7/2/2025, 7:59:01 AM

夏、というものはワクワクするものだ。
「長期休みは冬にも春にもあるのに、なんか特別感あるんですよね!」
「そういうもん、か。」
「そうですよ!お祭り!花火!浴衣!楽しみ!!」
私の育ったところは新興住宅地で、お祭りはなかったんです。そう言ってしょんぼりしていた彼女にデートのお誘いをしたのが数日前。
満面の笑みを浮かべて楽しそうに歩く彼女。普段はおろしている髪をナチュラルアップのでうなじに思わず喉が鳴る。この邪な気持ちは絶対にバレたくない。
「りんごあめ!漫画で見たことあります!スプーンで割るって書いてありました!」
「祭りにスプーンは売ってねぇぞ。そのまま齧れ。」
ムゥ、と不満げにりんごあめを齧り、味が気に入ったらしくぱぁっと顔を明るくする彼女。コロコロと変わる姿がとても可愛らしい。
ふと、彼女がこちらの顔を見て口角をそっとあげた。
普段見ない浴衣に、髪型に、食べ物に、大人びた笑顔に耳が熱くなった。
彼女から湿った空気の匂いでも、屋台の食べ物の匂いでもない、どうしたって抗えないような甘い香りがした気がした。


【夏の匂い】

6/30/2025, 1:05:05 PM

「どーこだ!!」
可愛い声が自分を呼ぶ。部屋の中なんて隠れるところは限られるのに、小さい怪獣はそんなことを思いもしないのだろう。
「どこだ〜?風呂から上がったのに拭きもしないでかくれんぼを始めるボーヤは?」
妻から受け取った我が子を拭きあげ保湿剤を塗りパジャマを着せて髪を乾かす。このミッションは妻が風呂から出る前までにクリアしなければならない。
水滴と足跡が点々とリビングのカーテンに続いている。それを拭きながら少しずつカーテンに近づくが、無闇に近づいてもまた逃げられてしまう。ならば。
「あー、どこにいるんだ〜?パパがママに怒られていいのか〜?」
くすくす、と小さな笑い声がカーテンから溢れてくる。きっと自分の姿は見えてない、気づいてないと信じている姿が愛おしい。
「困ったなあ〜。これが早く終わったらママに内緒のことをしようと思ってたのにな〜。」
カーテンと床の間から見える小さな足が、そわそわとした動きをし始めた。しめしめ。
「……アイス食べても、いい?」
可愛らしい声が聞いてくる。
「ママには〜?」
「ないしょー!!!」
バッとカーテン裏から飛び出してきた我が子をバスタオルでキャッチすると、ガシガシと拭きあげる。タオルの中で怪獣はケラケラと笑った。
「パパ、アイス!!」
「保湿剤塗って、パジャマ着て、髪の毛乾かしてから!!」
「多いよ!!ママ来ちゃう!!」
「そうだな、急げ急げ!」
きっと間に合わないだろう。湯船に浸かる際にに奏でられる妻の歌声が聞こえてしばらく経つから、そろそろ出る準備をしているはずだ。
見つかってもそれでいい。2人で怒られて、3人で笑って、特別だよと言って、家族でみんなでアイスを食べよう。
俺は本気で間に合うと信じている我が子の必死な顔が愛おしくて仕方なかった。


【カーテン】

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