ちりり、と鈴の音がなる。幼い頃にあなたがくれた、可愛らしい装飾の鈴。今の年齢ではアンバランスだと言われても、手放すことはできなかった。
彼は覚えているだろうか。いや、幼すぎて覚えていないだろう。むしろ、頭の中は例の彼女でいっぱいだ。
いっそいなくなればこの気持ちは晴れるのか。
鈴の音に癒されながら馬車が揺れる。初めはただ悪路の影響かと思ったが、どうも外が騒がしい。
外を見ようとした瞬間、大きな手が私に掴み掛かってきた。鈴を握りめる以外の行動は取れなかった。
---------
彼女が遠方へ行くため馬車に乗ったという情報と、彼女が死んだという情報は同時に手元に来た。急いで愛馬に飛び乗り死体を確認しようとしたが、彼女は白い布に包まれていた。
賊にやられたと。顔と身体は見ない方がいいと。それが彼女の名誉のためだと。服を整えてくれたのであろう女性が涙を堪えて腕を掴んだ。
僕が見た彼女の最期は、白い布からこぼれた細い手が握り込むあの鈴だけだった。
----------
ちりり、と鈴が鳴る。
唯一彼女の親が形見に許してくれたものだ。
ーーー君も貴族なら、私がそれを渡した意図がわかるだろう。
冷酷な声に思わず怯んだ。
彼は娘が死んで嘆いているのではない。死んでもなお最善手を打つために頭を回転させている。
これが、貴族。家族の情、恋慕よりもすべて家のために。ひいては領民のために。
彼女はいつも悩んでいた。この父にはついていけぬと。いっそ名前を捨てようかと。
そういってこっそり偽名で始めた平民生活。そこでの彼女は、貴族の彼女とは全く印象が違った。
自分もここで生きていきたい。彼女といたい。
そう思うようになった時、ふと貴族の彼女は寂しそうな顔をしていた。顔が腫れているのは父親に殴られたからだという。
なぜ、あの時腕を掴んで屋敷から飛びさなかったのか。
なぜ、大丈夫といいはる彼女の言葉を鵜呑みにしたのか。
ちりり、という音が彼女の声を代弁している気がした。
【遠くへ行きたい】
7/3/2025, 2:00:38 PM