「ルール」
「最近の人間どもは図に乗っている」
退屈による涙が頬杖をしている左拳を濡らす。
もう片方の手でミニチュア状の地球を回し、眉間にシワを寄せ人間の動向を観察している。
「見たところ平和ボケしているようだしそろそろ手を加えても良い頃合いだな」
この者は空気を読むことを知らない虫ですら怖気づくほどに悪意に満ちた顔をしていた。
するとこの者はOKの形をした指を地球に当て指を離し地球を拡大させるとそこにはこちらを見てたじろぐ人間が一人いた。
「おい!そこの人間!私のことが見えているのであろう?」
「おっ、おっ!うぉぉぉ!」
人間は超自然的な物を目にして激しく驚き尻餅をついた。
「あっ貴方様は一体?」
「神のような者と思えば良い。いきなりだがお前に大義を与えてやる。お前の行動次第で人間の運命が変わる。心して聞け!」
人間は今だに地に座ったまま立ち上がられずにいた。
「失礼ですが何を仰っているのですか?私めなどに大義など耐えられません」
人間は首を激しく横に振り必死の抵抗をしている。
「許さぬ。わしが一度決めたことは変えない。そなたに一つルールを与える。それは今後の食事の一切を禁ずる」
人間は目を大きく見開き驚愕といった顔をしている。
「そんな。それでは私は死んでしまうではないですか。あまりにも無茶ですよ」
「そなたが禁を破れば人類の歴史は途絶えることになる。私の期待に答えてくれよ人間」
この者は不気味に口角を上げていた。
その後この不運な男は一人で戦い続けた。現在の人々は与えられた大義に押しつぶされそうで周りからはおかしくなったと奇異の目を向けられた男の孤独な戦いはいざ知らず呑気に暮らしている。こうやって今暮らせているのは孤独な戦いに勝利したとある男のおかげなのに。
もしかしたら今もどこかで孤独な戦いを繰り広げている者がいるのかもしれない。たとえその功績が歴史に残らなくとも、人々の記憶に残るどころか知られていなくとも。
「君の目を見つめると」
彼女はサラサラとした黒髪ロングで、いつも冷静でおとなしい。
顔は特別かわいい訳ではないがそこが良い。
そんな可憐な姿に一目惚れしていた。
チラッ
「んっ」
すかさず目をそらす。
後ろの席何気なくあの子に目をやると目があってしまい息が詰まる。
体の中心から一気に熱がこみ上げ自分でも耳が赤くなっているのがわかる。
その後の授業はその時のことが忘れられずおかげでずっとフラッシュバックしていた。
多分、授業中は異様にニヤけていて先生からは懐疑の目で見られていたと思う。
こんなもやもやする関係を一年半くらいずっと続けている。
出会った当初から一目惚れだった。
ずっと一方的。
相手は自分なぞ眼中にないだろう。
同じクラスになれたときは千載一遇のチャンスだと思った。
三年生も同じクラスになれたらいいな〜じゃなくてこの2年生で勇気を振り絞るしかない。
でも、なかなか切り出せないし、今の状況のままでもいいと思っている自分がいる。
それだと何もなく卒業だ。
というもどかしい葛藤を今、帰るときだ。
まずは敵の情報収集からだ。
現在僕の意中の人の周りには二人いる。
いつもの二人だ。
一人はおしゃべりで少しぽっちゃりしている子。
もう一人は意中の人と同じくおとなしめ、そしてかなり細い子だ。
この二人はいつもいつも一緒。
何をするにしても一緒だから隙がない。
今もいつもの二人とぴったりくっついて下校している。
そういえば彼女の家を知らない。
少し犯罪的な気がするが今日はついて行ってみよう。
一年半片思いをしている人間が、好きな人の家すら知らないのはあってはならないことだ。
「おっ!」
細めの子が二人に別れの挨拶をし、彼女の自宅らしき家に入っていった。
「なるほど、あの子はここが自宅なのか…。ん?」
細めの子の自宅を横目で見ていると聞き捨てならない話が耳に入ってきた。
「アイツほんと陰気臭いよね」
ぽっちゃりした子が細めの子の悪口を言っていた。
好きな人は苦笑いをしながらただ頷いているだけだ。
「良かった〜。あの人は悪口に加担してない。これで悪口言ってたら裏切られた気持ちになるよ。にしても女の友情は怖いな」
好きな人は悪口に加担していなかったのでほっと胸を撫で下ろす。
その後もぽっちゃりした子は独りよがりに悪口をマシンガンのように喋っている。
「なるほど」
ぽっちゃりした子はマンションへと入っていった。
「とうとう一人か」
あの人がとうとう一人で歩いている。
あの人が一人でいるのはかなり珍しい光景だ。
もはや邪魔する人間はいない。
「やぁ」
なるべく声を低くならないよう努め、明るめに細心の注意を払って話しかける。
「え?どうしたんですか…。」
「良ければ僕の家に来てくれないかな?」
「えっと…でも…先生」
すると男はカバンから鋭く光るものを取り出そうとしている。
目線をそのまま顔に向けると人間とは思えなほど光を失った眼差しと目が合った。
「星空の下で」
「ドォォォーン」
星空の夜の下の静かな村に一つの轟音が響き渡る。
その轟音は眠りについていた住人を叩き起こす。
ある村人は驚き、ある村人はまたかとため息をつく。
「これがこの村の呪いといわれているやつか!とうとう見れたぞ!」
この男の名は船橋。
オカルト好きが過ぎていて、一度気になるとすぐに行動に移す超アクティブ人間である。
「こうしちゃいられない。カメラと、スマホと、メモ帳と、ペンと…」
散らかった部屋から必要なものを粗探しし、すぐに玄関を出た。
「とこだー」
玄関を出るとあたりをキョロキョロと見回し、音の発生源を探る。
すると、一瞬怪物と見間違えしまうほど凄まじい煙が、星空が広がる暗澹へと昇っていた。
「あそこか!思ったより近い場所に落下したらしいな。道理で爆音がしたわけだ。本当に危険と隣り合わせの村だな。なのにこの村出身の人は村を離れない。気になる!」
すぐさま落下地点へ疾走した。
探究心と知的好奇心により船橋は気づいていなかったが船橋は寝間着のまま外へ出ていた。
「はぁ、はぁ、あれ?さっきまですごかった煙がない」
落下した場所に来ていたはずがそこには何も無かった。
どよめいていたはずの村人たちもなぜが黙ったままだ。
「すみません。ここに何か落下しませんでした?」
「んっ?最近ここに越してきた若造か?まぁ、気にすることはない。よくあることだ。」
気にするな?
絶対におかしいはずだ。
さっきまでものすごい存在感を放っていた煙が消えているのはおかしい。
それに、あそこまでの爆音を放っていたはずなのに落下地点と思われる場所には落下した痕跡がない。
なぜだ?
この老人は何かを隠している。
この老人だけでなくここの住人は隠している。
「おかしくないですか?さっきまでの煙はなんですか?」
「そうか、そんなに気になるのか若造」
周りの住人はこちらを向いていたが、身を翻し何もなかったかのようにそれぞれの自宅へ帰っていった。
「はい!気になります」
老人は隠している秘密について喋りそうな雰囲気をかもし出しているので、すかさず胸ポケットからメモ帳とペンを取り出す。
「ついてくるんだ、若造」
そう言われ、すこしの間老人の背を追っていくと村の端にある村長の家に着いた。
「ここは村長の家ですか?そうなるとあなたが星降の村の村長ですか?」
「そうだ、村長の家にすら挨拶に来ない世間知らずな若造が最近越してきてなぁ」
「すみません…」
村長は扉を開けると接客用の椅子に座りこちらへ来いと手招きをしてきた。
「それで早速ですが先程の件について良いですか?」
老人は苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを見ている。
「この話をすれば若造はここに越してきたことを後悔することになるぞ」
「良いんです」
船橋は知的好奇心を抑えられずにいる。
「そういえば何故若造はここにきたんだ?」
「この村では星が降ってくるという噂を聞いて来ました」
「つまり好奇心だけでこの村に来たということか?」
「はい。それよりも早く教えてください。後悔しても良いんです」
船橋に後悔という文字はなかった。
「そうか。それならば言おう。」
老人は一息置いて。
「この村は文字通り星空の時、星が降る。星が降る時には共通点がありそれは人が消える。この村の誰かが無差別に消えるんだ。だからこの村の人々はいつ自分が消えてしまうのかといつもビクビクして日々を過ごしている」
「なるほど。それではいつからその現象が起き始めたのですか?」
「昔の話になるが村のある子供がよく村の隅にある神社で遊んでいた。そこは森の奥深くに建立されていたので子供らにとっては秘密基地感覚だったのだ。そこまでならいいのだが、ある一人の子供が本殿の中に入ろうとみんなに提案した。それが呪いの始まりだった。本殿の中に入ったある子供が中にある神仏を倒して壊してしまった。そこからだ」
「なるほど。つまりこの呪いは神の裁きということですか?」
「そういうことだ若造。わかったんならさっさと帰れ」
「あなたですね?」
「な、なんだ?」
「本殿に侵入し、神仏を壊したのは」
老人はただコクリと頷くだけだった。
「それでいい」
「お母さん。外に出ても良い?」
無理だとわかっていてもやはり外に出てみたい。
「駄目。何度言えばいいの?おとなになってから」
やはり駄目だった。
おとなになってからって結局いつなんだろう?
いつも曖昧に回答される。
どうやら外は危険だから大人のお母さんは自由にドアを開け閉めできる。
「じゃあ、お母さんお仕事にいかなきゃいけないから今日もお利口にお留守番しててね」
「うん、お母さん」
お母さんはドアノブに手をかけ私の知らないドアの先に消えていった。
物音一つしない部屋が余計に寂しさを感じさせる。
お母さんは時計の針が6を指すまで帰ってこない。
その間はテレビを勝手につけてはいけないし、お腹が空いたって冷蔵庫を勝手に開けてはいけなし、窓はシャッターが閉まっていて外を覗くことができない。
無論、ドアは開けてはいけないし、玄関に近づくことすらしてはいけない。
だからお母さんが帰ってくるまで本を読んでいるか、お人形と一緒に帰りをじっと待つ他ない。
「お人形さんは外に行ってみたいと思はない?」
当然、部屋は沈黙のままだ。
すると棚に置いてある人形が突然落ち、床に横たわっている。
「大丈夫?すぐに元の場所に戻してあげるからね」
「お人形さん?どこを見ているの?」
人形の目線の先にはドアがあった。
「やっぱりお人形さんも外の世界が気になるのね?」
そんな事を言いながらボーっとドアを見ていると、外の世界を見たいという好奇心が異様に刺激された。
「お人形さん。私、お母さんとの約束破っちゃう悪い子かも」
「ちょっとだけここで待っててね!」
人形は横たわったままだ。
「ちょっと覗くだけだからいいよね?」
自分にそう言い、罪悪感を紛らわそうとしている。
「少しだけ、少しだけだから」
そろそろと玄関へと足を運ぶ。
玄関に近づくにつれ鼓動が速くなる。
静かな部屋に心臓の音が響いていると思うほどに鼓動は速い。
とうとうドアは眼の前のところまで来た。
「お母さん。ごめんなさい。私悪い子だよね。お母さんとの約束破っちゃうんだもん。でも、悪い子になっても良い。気になって気になって仕方ないよ」
初めて鍵を解錠する。
そしてゆっくりと手をドアノブへかける。
「これを開けたら外…」
外への好奇心と期待を乗せてドアノブをひねる。
だが、自分が回す前に不意にドアノブが回った。
「あら?何をしているの?」
そこにはお母さんの姿があった。
「ねぇ?私との約束覚えてる?」
あまりの驚きと緊張に声が出ない。
「質問しているのよ?もう一度聞くわ。私との約束覚えてる?」
次はない。
そう言っているように聞こえる。
「はい…。外には…勝手に…出ちゃいけないです…」
「それでいいのよ」
人形は横たわったままこちらを向いていた。
「大切なもの」
ゆっくりと目が開く。
目が開くと、ここはどこなのかと逡巡するも、目が冴えた頃には混乱はとうに去り、今いる現実に絶望する。
「霧か?」
あたり一面に白いモヤが広がっており、別の世界に来たかのように幻想的だ。
濁った水面を見るといつもより不気味に感じる。
「寝てる間に霧が立ち込めたか。先がわからない以上今日は霧がなくなるまで漕ぐのは辞めるか。」
霧のせいであたりがわからない。ただでさえ不安なのに余計に不安になる。
たしか俺は出勤中に不意に心臓が苦しくなってそのままなすすべなく倒れた。
目が覚めるとなにもない陸地にすぐ横には広い池のような海のような水域が広がっていた。
そして水面には小さな船が一隻あった。
とくに考えもせず船を漕いでいた。
なにか特別な算段があって漕いだわけでなく、漕げばその先に何かあると勘で動いていた。
霧が立ち込めている一面を厄介と思いながら幻想的でもあるその景色を一望しているとある異変に気づく。
あたりの奥にうっすらと人影が囲んでいた。
ゆらゆらと動いている。
「人か?いや、水の上に人が立てるわけがない。だとしたらマヤカシかなにかか?」
目を細めてみていると人影は近づいていた。
近づくにつれ人影の姿ははっきりとしていった。
そして心臓の鼓動が速くなる。
よく見ると見覚えがあった。
妻に、息子に、会社の同僚にそれだけでなく愛猫もいた。
「お前達、ここで何してんだ!」
その他の影は名前は知らないが見覚えはある。
だが、顔が憤っている。
「何なんだ。なにか言ったらどうだ!」
反応はない。
ただじっとこちらを睨んでいる。
その時あることに気づく。
この者たちの共通点は、皆俺より先に死んでいった者たちだった。
結婚五年目で亡くなった妻を見ても、生まれてすぐ力尽きた息子も、上司のパワハラに耐えられず自決した同僚も、実家で飼っていた愛猫も、これらを見ても涙は出なかった。
どれも俺の大切なものだったはずなのに…。
突然霧が深くなり俺を覆う。
「な、なんだ!」
手で振り払おうとするも霧は振り切れない。
曖昧だった記憶は走馬灯のように戻って来た。
するとその人影達により船は転覆した。
水面に沈んだはずなのに勢いよく落ちている気がする。
仰向けに落下している体をなんとかひねり下を見るとそこは地球だった。
「は!?」
地球を見ているということはここは宇宙なのか?
今の状況とは関係なく地球はきれいだった。
間近で見たら汚いことだらけだが遠目から見ると凄く地球は綺麗だ。
「13時44分息を引き取りました。」