「大切なもの」
ゆっくりと目が開く。
目が開くと、ここはどこなのかと逡巡するも、目が冴えた頃には混乱はとうに去り、今いる現実に絶望する。
「霧か?」
あたり一面に白いモヤが広がっており、別の世界に来たかのように幻想的だ。
濁った水面を見るといつもより不気味に感じる。
「寝てる間に霧が立ち込めたか。先がわからない以上今日は霧がなくなるまで漕ぐのは辞めるか。」
霧のせいであたりがわからない。ただでさえ不安なのに余計に不安になる。
たしか俺は出勤中に不意に心臓が苦しくなってそのままなすすべなく倒れた。
目が覚めるとなにもない陸地にすぐ横には広い池のような海のような水域が広がっていた。
そして水面には小さな船が一隻あった。
とくに考えもせず船を漕いでいた。
なにか特別な算段があって漕いだわけでなく、漕げばその先に何かあると勘で動いていた。
霧が立ち込めている一面を厄介と思いながら幻想的でもあるその景色を一望しているとある異変に気づく。
あたりの奥にうっすらと人影が囲んでいた。
ゆらゆらと動いている。
「人か?いや、水の上に人が立てるわけがない。だとしたらマヤカシかなにかか?」
目を細めてみていると人影は近づいていた。
近づくにつれ人影の姿ははっきりとしていった。
そして心臓の鼓動が速くなる。
よく見ると見覚えがあった。
妻に、息子に、会社の同僚にそれだけでなく愛猫もいた。
「お前達、ここで何してんだ!」
その他の影は名前は知らないが見覚えはある。
だが、顔が憤っている。
「何なんだ。なにか言ったらどうだ!」
反応はない。
ただじっとこちらを睨んでいる。
その時あることに気づく。
この者たちの共通点は、皆俺より先に死んでいった者たちだった。
結婚五年目で亡くなった妻を見ても、生まれてすぐ力尽きた息子も、上司のパワハラに耐えられず自決した同僚も、実家で飼っていた愛猫も、これらを見ても涙は出なかった。
どれも俺の大切なものだったはずなのに…。
突然霧が深くなり俺を覆う。
「な、なんだ!」
手で振り払おうとするも霧は振り切れない。
曖昧だった記憶は走馬灯のように戻って来た。
するとその人影達により船は転覆した。
水面に沈んだはずなのに勢いよく落ちている気がする。
仰向けに落下している体をなんとかひねり下を見るとそこは地球だった。
「は!?」
地球を見ているということはここは宇宙なのか?
今の状況とは関係なく地球はきれいだった。
間近で見たら汚いことだらけだが遠目から見ると凄く地球は綺麗だ。
「13時44分息を引き取りました。」
4/3/2024, 5:57:59 AM