maria

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6/7/2023, 3:55:23 PM

僕は朝早く教室に行く
君が大抵 早くきてるから。

いつものように教室のドアを開け
君がいることには気づいても
わざと焦点を合わせないように
何気ない口調で 
「おはよう」と言う。
うん。不自然じゃなかったよな。

「おー、おはよー。
 今日、英語あったっけ。
 おまえ予習とか やってきた?」

「かるーくかなー。」

僕は努力して普通の笑顔を作る。

思わせぶりな言葉とか
何かを予感させるような眼差しなんて
一切 僕は出さないけれど
このむねを開いたとしたら
きっと君でいっぱいになっている。

だってこんなに息ができない
同じ空間にいるだけで。


「なあ、田中、
 急に世界に終わりが来たら
 お前どうするよ?」

君が僕の席の前の椅子に
こっちを向いて腰掛けながら訊く。

「え?突然、なに?
 今日の英語に関係ある?」

「あのさ。関係ないけど、
 お前見てたらさ」

君が僕をじっと見ながら

声を低くして ゆっくり言う。


「世界の終わりになって、

 ようやく言えるってことは

 今でも覚悟決めれば

 言えるってことじゃね?」


君は今日に限って 

僕から目を離してくれない

さっきまで 普通の話をしてたのに。

ずるいよ 急にまじめな顔で。


そんな君から僕も

視線をはずせなくて

君の眼を見つめながら  


ぼくは 息を吸って


        口を開いた



     「世界の終わりに君と」

6/6/2023, 12:28:31 PM

こんなふうに

お題に対して 

発熱寸前になりながらも

昼に大急ぎで食したそばなどが

欲しい言葉のかわりに

口から溢れ出そうな感覚を覚えても

帰宅途中にひねり出そうとしても

何も浮かばず もはや自分には

血を吐くしかないと悩み抜き

帰宅後に風呂掃除をしながらも

タイムリミットが近づこうというのに

今夜は このアタマに何一つ浮かばない

まさにときが止まるようなこの状態は

「最悪」とは言わない。

こういうのは「最低」というのだ。



それは、自分の生活の中で

度々体験する馴染みの深い感情。






たとえば

ようやく 文章がなんとか形になって

あとは右上のOKを押すばかりと

いう まさにその時

掃除中の私の姿を鏡のように映しだす

エメラルドグリーンの

限りなく美しく 

罪のかけらもない 

そのぬるま湯のバスタブに

手を滑らせてスマホを落とすような

まさに心臓が止まるようなこの瞬間を




        「最悪」という。


「さいあく」

6/5/2023, 12:37:18 PM

だれにもいえないひみつが

「ありませんよ」

と、きいた瞬間に それは、

深い井戸の底に響く水音のような
その水の中で蠢く大きな両生類のような
得体のしれない姿を探りつつ
その人の心の内では
音や匂いを勝手に産み始める。
何かいるに違いない、と。


だれにもいえないひみつが

「あるんです」

ときいた瞬間に それは

雨の日の夜、雨粒と一緒に流れてゆく
どす黒い血の河であったり
放課後の誰もいない教室で
こっそり座った想い人の席に
頬ずりした机の冷たさだったり
その人の心の内では
後悔や温度を勝手に産み始める。
どんな罪を抱えているの、と。


だから「ある」も「ない」も
口にすること自体が無意味。


正直な人間だけの住む「正直村」
噓付きの人間だけが住む「噓付き村」

  「私は噓付き村の住人です」

さて彼はどちらの村の住人でしょう?
問にすること自体が無意味なように。




そして私には

誰にも言えない秘密が……



  じつは私は噓付き村の住人なんです。




わかった? 無意味だってこと


     「誰にも言えない秘密」

6/4/2023, 11:36:02 AM

例えばここに横たわり
その低い部屋の天井の木目を
眺めながらであったとしても

この地球の深い深い海の底の
そのまた底に降りた時
この地球の最初のため息のような
海底火山のコポコポという
産声の詩を深海鮫と聞いたなら

あるいは両手を広げて空を飛び
火星を越えて木星に降り立ち
その靄の中で独り葡萄酒で乾杯する
そこから小さな地球を探す夢
そんな光景を見たならば


自分の聞いた音楽を
自分の知った光景を
自分の感じた温度を 風を

誰かに伝える手段を持てたなら
あなたの心を揺さぶる事ができたなら

この低い天井ですら
無限の高さとなるだろう

この小さな自分ですら
宇宙の広さを唄うだろう

この狭い部屋に居て


       「狭い部屋」

6/3/2023, 11:22:13 AM

「あーーー、今度もまたダメだった。」


直人がカフェのテラス席で
アイスコーヒーのストローを抜き
グラスに口をつけ一気に飲みほした。

向かいの席で頬杖をつく僕は
興味のない顔つきで
直人の上下する喉仏をみていた。

「で?なんて?」

「ゲイなんて、ありえないってさ。」

グラスを置いた直人は
周りに配慮してか
低い声で呟いた。

「そっか。……まぁ、そうか。」
こんなふうに直人が断られるのは
初めてでもなかった。
直人は好きになったら
勇気を出してきちんと伝える。
だからこそこんなふうに
玉砕することも多い。

「失恋癖がついたのかもなあ。
うまくいく気がしない。」

グラスに残った氷をストローで
クルクルと回しながら直人が言う。

「失恋じゃないだろ。」

僕がほほえみながら言うと

「振られたんだから失恋だろ?」

と、氷をカチャンと言わせながら
直人が口をとがらせる。

「失恋てのは、恋を失うってことだろ?
失くしちゃいないさ。
ただ直人の背中にでも貼り付いて
見えなくなってるだけってこと。」

直人は 背中?
といいながら後ろを向く。
それじゃあ自分の背中は
見えないだろうに。


僕は笑いながら
こちらに向けられた直人の背中にむけ
そおっと腕を伸ばして
手のひらを当てた。

ほらな、ここにあった。

          僕と君の恋が。





「失恋」

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