自分の想いを 正直に
他人の眼に晒すなど
自分の素肌を そのままに
他人の眼に晒すこと
一体どれほどの自信があれば
一体いかほどの保証があれば
日々纏う重たい自分自身を
さらりと脱げるというのか
そもそもそれができるなら
このように本棚の影などで
このように階段の裏などで
コソコソと書いていたりはしない
もしも正直になれるなら
独りで書くことよりも
友と話す事を選び
恋人と過ごす方を選ぶ
もしも正直になれるなら
恥辱も 嗚咽も 後悔も
どろどろに煮詰めた毒にして
その塊を一息に飲んで
私は私の息の根を止める
もしも正直になれるなら
もしも正直になれるなら
そうなれないから ここにいる
「正直(しょうじき)」
会社から出てから
尾けられている気配がする。
どこにいるのか
隠れているのか
それともビルの上の階なのか
わからないけれど
確かに ずっと私を見ている
何も言わずに ただ不気味に
じっとわたしをみている。
いつもはコンビニでスナックを買って
電車に乗るが
もしもやつが私に追いついてきたら
店の中では逃げ場がない。
そう思って
今日はそのまま電車に飛び乗った。
いつもならこんな駆け込みはしない。
なぜなら少しでも やつから離れたくて。
車内では規則的な電車の音と
機械的なアナウンス。
辺りに気を配るが、
この車両には どうやらいないらしい。
束の間の安心を他所に
駅につくと再びやつの気配。
私は小走りで改札を通り抜け
ひたすら走った。
人通りの多い道を選び
人混みの中を縫うようにして。
やすやすと捕まってなるものか。
マンションのエントランスを入り
エレベーターへ駆け込む。
急いで「3」のボタンを連打する。
今日に限ってゆっくり閉まる扉に
イライラしながら。
震える手で玄関の鍵を開け、
急いでロックする。チェーンもかけて。
ようやくホッとしてパンプスを脱いで
ビショビショになったストッキングも
脱衣場のランジェリーネットに入れる。
リビングのカーテンを閉めようと
窓のカーテンに手をかけた途端
やつがいた。
そいつは窓に両手を張り付かせ
生唾を飲み込むかのように
白い喉を震わせながら
私に向い ケケケと嘲笑う
きゃあああああ!!!!
大っきらいな
ア マ ガ エ ル!!!
恐怖の季節がやってきた。
「梅雨」
「今日も雨だったから、洗濯物が乾かなくて困ったわ。」
「天気の話なんて」
「明日も雨らしいわね。
梅雨に入ったのかしらね。」
「天気の話なんて
どうだっていいんだ。」
「今週は火曜からずっと雨ですって。去年もゲリラ豪雨が全国あちこちで発生したでしょ。」
「天気の話なんて
どうだっていいんだ。
僕が話したいことは、」
「もう3日も降り続いてるし、川の増水が心配だわ。この辺りは沈むことはなくても、お買い物に行けなくなるでしょ。」
「天気の話なんて
どうだっていいんだ。
僕が話したいことは、
今度の日曜」
「土曜までは雨が続くでしょって、天気予報で言ってたもの。日曜には晴れるらしいけど。こんなに降り続くなんて。」
「天気の話なんて
どうだっていいんだ。
僕が話したいことは、
今度の日曜に
釣りに行ってもいいか
ってこと。」
ようやく僕は一気に話すことができた。
「あら」
妻が眼を丸くして僕を見る。
「あなた、私の話きいてた?
土曜まで雨が降り続くのに、淡水が大量に流れ込む沿岸で海水魚が釣れるわけないでしょう?みんな沖に逃げてるわ。お天気の話は大事なのよ。どうだっていいだなんて、バカにしないことね。じゃあ洗い物よろしくね。私は今から韓国ドラマの時間だから。」
妻が畳み掛けるように
勝ち誇ったように
ヒラヒラと手を振って、
PCモニターに向いイヤホンを嵌め
コーヒーに手を伸ばした。
僕は返す言葉もなく
潔く負けを認め
グズグズと立ち上がって、
シンクに向いゴム手袋を嵌めて
スポンジに手を伸ばした。
「ただ必死に走る私、
何かから逃げるように。」
大きな河に腰まで浸かり
泥濘む足元に息を乱されながら
足元を探るように進む。
この河の中では誰もが
立ち止まることは許されぬ。
得体のしれぬ獣の声のする方へ進むか、
あるいは死屍累々の澱みの中へ戻るか。
私の背中を押すものは
昨日までの後悔
私を手招きするものは
青白い顔をした亡霊のような私自身
自分の鼓動を友にして
ただ ただ ひたすら歩くのみ
足の裏に纏わりつく
ぬかるみの気持ちの悪さに
気づかぬふりをして。
何者かに足首を捕まれ
引きずり込まれるやもしれぬ恐怖を
考えぬようにして。
ただ必死に 弱き心のみが急くばかり
拠り所を持たぬ 心のみが走るばかり、
歩みは遅々として もどかしいばかり。
何かから逃げるように?
否
自分自身から逃げるように。
「なんとか言ったらどうなんだよ!?」
君が目の前で声を荒らげる。
両手の拳を固く握りしめ
ブルブルと震わせている。
うつむいた僕からは
君の淡いオレンジ色のスニーカーと
見慣れたジーンズ
そして両手の拳しか見えない。
何も言わず
顔もあげず
ただ ただ だまり続ける僕に
「もういい!おまえとは絶交だ!」
君のスニーカーが踵を返し
僕から遠ざかり
やがて足音も消える。
僕は小さく息を吐き
ゆっくりとあるきだす。
僕は一生謝らない。
それは君に負けたくないからでも
君のほうが悪いわけでもなく
僕が君に赦されたくないから
僕が君に忘れられたくないから
最後までずっと謝らなかった僕のことを
どうか
どうかずっと許さないで
どうか
どうかずっと覚えていて
これは僕の一生のおねがい
すきになってしまって
ごめんね