「半袖」
凍える大地
蠢くおぞましき蟲ども
舌なめずりをする雷神 風神
自分を守ってくれていたよろい
疲れ果てた翼を折られ
風切羽を切られたような
この心細さはどうだろう
空を飛べなくなったわたしに
どうしろというのか
新たな武器を身につけよとでもいうのか
なんと酷い
この 半袖
魚達にとっての天国は
珊瑚礁の内側にあり
地獄は水から出た地上にある
鳥達にとっての天国は
自由に抱かれる空中にあり
地獄は地を這う獣の住む地上にある
人達にとっての天国は
たいてい雲の上にあり
地獄は地中の奥深くにある
私にとっての天国は といえば
瞳を閉じた私だけの心の中にあり
地獄は瞳を開いた先の
騒然とする人々のまさにその棲家にある
果たしてこの世の天国と地獄とは
どこにあると お思いか?
「天国と地獄」
あなたが私に向ける
輝くような満面の笑みも
あなたが時折見せる
憂いを含んだ伏せた眼差しも
あなたがふとした拍子に漏らす
含みのあるチェシャ猫のような
意地の悪い表情も
また何もなかったかのように
私に清純なる笑顔を向ける様も
私の心を掴んで離さないのは
あなたがそのこころの裏側を
決して見せようとしないから
誰も見ていない森の夜を選び
夜空に弓をつがえ
東の方向に眠る 太陽を喚ぶ
放物線を描く矢を放てば
それがあなたの別れの合図
私の心をつかんだままで
月に願いをするならば
あなたのその暗い暗い
こころの裏側を見せてほしい。
未だかつて誰にも見せたことのない
真っ暗な凍えきった闇に蹲る
あなたをどうか このわたしに
どうか わたしだけに
抱きしめさせてはもらえまいか
「月に願いを」
母の育てた白いバラの
うつむいたその花びらに
ぽつりぽつりと雨が落ちる
母の育てた蒼い紫陽花の
まだ固く瞳を閉じた蕾の上に
ぽつりぽつりとなみだが落ちる
母の育てた薄桃色のテッポウユリに
母の育てた薄紫のルリマツリに
母の育てた陽に向かって顔を上げ
母の時を共に刻んだ クレマチスに
ぽつりぽつりと 天の涙が降り注ぎ
あいしていると 音楽を奏でる
天から愛された母は眠りについて
その時を永遠に止め
そばで独り手を握る私は
ただ ただ 途方に暮れて
いつまでも降り止まない、雨
「いつまでも降り止まない、雨」
あの頃の不安だった私へ
教室で立って意見を言うのが
苦手だったよね。
大丈夫。二ヶ月後には平気になるよ。
でも次に生徒会役員になって
壇上に上がって
全校生徒に挨拶しなきゃならなくなる。
心臓がバクバクするよ。
大丈夫。役員のみんながいるよ。
三年生の文化祭では
生徒会バンドで大勢の前で
演奏しなきゃならなくなるよ。
大丈夫。全ての時間を投げ打って
私は本当によくギターの練習したから。
就活で、知らない大人に囲まれて
聞かれたことに、らしくない
なんだか大人っぽいことを
答えなきゃならなくなるよ。
大人たちはなんの反応もしてくれない。
怖くてたまらなくなるよ。
それなのになぜか採用されて
初めての仕事を割り振られるよ。
何もわからないのに
何も拠り所がないのに。
あの頃の不安だった私へ
あのね、あの頃だけじゃなくて
次から次に私には
不安なことが待ち受けてるんだよ。
今もこうして。
でも 今振り返ると大丈夫だったんだ。
だって私は
その時はそれが一番ふさわしい行動だと
信じて歩んできたから。
だからね これからも
不安なことがずっとずっと
こんなふうに続くんだよ、きっとね。
そしてね、大丈夫なんだよ、きっとね。
「あの頃の不安だった私へ」