maria

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だれにもいえないひみつが

「ありませんよ」

と、きいた瞬間に それは、

深い井戸の底に響く水音のような
その水の中で蠢く大きな両生類のような
得体のしれない姿を探りつつ
その人の心の内では
音や匂いを勝手に産み始める。
何かいるに違いない、と。


だれにもいえないひみつが

「あるんです」

ときいた瞬間に それは

雨の日の夜、雨粒と一緒に流れてゆく
どす黒い血の河であったり
放課後の誰もいない教室で
こっそり座った想い人の席に
頬ずりした机の冷たさだったり
その人の心の内では
後悔や温度を勝手に産み始める。
どんな罪を抱えているの、と。


だから「ある」も「ない」も
口にすること自体が無意味。


正直な人間だけの住む「正直村」
噓付きの人間だけが住む「噓付き村」

  「私は噓付き村の住人です」

さて彼はどちらの村の住人でしょう?
問にすること自体が無意味なように。




そして私には

誰にも言えない秘密が……



  じつは私は噓付き村の住人なんです。




わかった? 無意味だってこと


     「誰にも言えない秘密」

6/5/2023, 12:37:18 PM