「それじゃあ、明日!」
幼馴染の彼女は、そう言ってにかっと笑った。
肩上で揃えられた茶髪を風に揺らし、教科書でパンパンになったスクールリュックを背負ったその背中は、いつにも増して可愛らしく見えた。
「うん、また明日。」
僕はそう言って、後ろに隠した手紙を握りつぶした。
ちょうど、漢字を書き間違えた事を思い出したのだ。
渡すのは、また明日でいい。
そう言い聞かせて、いったい何個の×をカレンダーに描き記したのだろうか。
彼女の姿が見えなくなるまで、僕はその場で立ち尽くし、空に広がっているかさばり雲を見つめていた。
ため息をつきながら、スマホを取り出してSNSを開く。
歩きスマホなんてダメだとわかっているが、このもどかしさを解消するためにはしょうがない。
彼女とは心がつながらないと言わんばかりに、反対方向の道を歩く。
しょうがない。だって僕の家はこちらなのだから。
TLにはしょうもないツイートと、有名人の投稿にリプをする有象無象が並んでいる。
そこに、一際目立つツイートがあった。
それは見たことのある住宅街が映された動画。
住宅から黒い煙が立ち昇り、画面が激しく揺れている。
「あれ、ここ公民館の近くじゃ…」
爆音が、その独り言をかき消した。
驚いて振り向く
振り向いた。音のする方に、振り向いてしまった。
それは、彼女が歩いて行った方角。
彼女の家がある、公民館付近の方角。
瞬きなんて許されなかった
遠くの家屋は轟々と燃え盛り
黒煙がかさばり雲を侵食していた
火の匂いが鼻の奥に突き刺さり
子供達の悲鳴が、甲高いサイレンが脳に響き渡る。
その中に、彼女の声が聞こえたような気がした。
お題『永遠なんて、ないけれど』×『かさばり雲』
英雄になるって、小さい頃に君は言っていた。
100均で買ったおもちゃの剣を右手に持ち、空に掲げ、室内に取り込まればかりのバスタオルをマントのように羽織り、いつも英雄ごっこをしていた。
君は成長して、数奇な運命に呑み込まれた。
数多ある世界線、パラレルワールドを君は知った。
それは延々と燃えたビル群。
折り重なるように積み上げられた、息のしない子供達。
未来の権利を剥奪された、白髪の大人達。
胸を槍で貫かれる、己の姿。
千、万を超えるパラレルワールドを見た君は、吐瀉物さえ口から出すことが出来なくなった。
観測した全ての世界線は、必ず終焉を迎え、炎炎と燃え尽き、えんえんと子供の泣き叫ぶ声が聞こえたのだ。
君が生きているこの世界線だけは、まだ滅びを迎えず、その真実知る君が生き残っている。
炎が炎炎と君のそばに近づく前に
涙が延々と響き渡る前に
この世界を延々と生きながらえさせる為に
君が、英雄になるんだ。
お題『パラレルワールド』×『炎炎』
悲鳴が飛び交う町中を
君の背中を追って走り続ける
お腹が苦しくなりながら息を吸っては吐き、
目の前を走る君を見逃さないよう、足に力を入れる。
逃げる人々が前から走り、僕達と交差する。
前方には巨大な青緑の化物がいる
大きな手で車をちぎり、子供のようにそれを投げる。
大きな音を立ててガラスの割れる音と悲鳴が上がり、火の匂いが風に乗って鼻に届く。
「待って、待って!」
君を呼び止めるも、君はスピードを落とさない。
雪の肌は返り血に染まり、せっかく整えていた髪の毛もボサボサになっている。
暴れている化物の側につくと足を止め、くるりと此方を振り返る。
「ごめんね。かき氷食べる約束、果たせなくて。」
君は後ろに手を組み、にまっと笑った。
「何言ってんだよ、いいから離れろ、危ないだろ!」
後ろではトラックの荷台を握りつぶし、くしゃくしゃにしている化物がいる。
「危なくないよ。だって…」
その言葉に呼応するかのように、化物はぐるりと振り返り、此方を見つめる。
迷子になりそうなその深緑の眼で、やっと見つけたかと言わんばかりに、息を荒げながら。
四足の手足を使って此方に向かって走り出す
「私はこの子なんだもん」
「#°!!!」
君の名前を呼ぶ声は、ぐしゃりという音に掻き消された。
化物が君を握りつぶした音に。
血が滴り落ち、脚がぼとりと落ちる。
化物は血に塗れた手をベロベロと舐め回す
「ふざけんな」
僕はいつのまにか斧を持っていた
1mは超える、空色の装飾がされた斧を。
なぜ斧が現れたかなんて知らない。なぜ軽々と持てるのかなんて知らない。
ただ、そいつを殺せと言っているのだけはわかる。
君が化物なんて知らない。勝てないなんて知らない。
知らない疑問を頭に充満させて、恐怖という感情と一緒に斧を振りかぶり、そして。
気づいたら辺りには血の雨が降っていた
お題『君の背中を追って』×『雪の肌』
その瞳は赤星のようだった
明るくても肉眼で見れる赤い星
狂気を予知させるような不穏な色
すれ違った彼女の瞳は、そんな色だった。
顔も知らないし、名前も知らない。
だが、妙に記憶に残る瞳だ。
歩みを止め、後ろを振り返る。
赤星の瞳を持った女性は、膝上のスカートを風になびかせながら、歩き去ってしまう。
見ず知らずの他人を理由もなく呼び止める度胸は、僕には無い。
そのまま僕も目的地の方へ、歩みを進めた。
まさか再開するなんて思わなかった
再開するにしても、同じ学校でばったり。
そんな平和な再開なんだろうって
僕がその赤星を見た状況は
君が僕の心臓を、貫いた時だったんだから。
お題『すれ違う瞳』×『赤星』
朝の陽気が眠気を飛ばしたある日
だるそうに体を伸ばし隣を見やると、昨日泊まって行った彼がいた。
筋肉質の体に、赤紫色の短い髪。
彼の手をそっと握り、これが夢じゃないんだと改めて認識する。
起こさないようにベットから降り、身支度を済ませる。
顔を洗って、髪を溶かして、お手洗いに行って、着替えて冷蔵庫を開ける。
昨日の残り物を取り出し、レンジで温める。
ガチャリと扉が開き、彼が顔を出す。
レンジの音で起こしちゃったかな
「おはようございます桜さん」
「おはようございます よく寝れましたか?」
「はい、おかげさまで。桜さんがいなかったら、今頃俺は野宿でしたよ。」
「この辺りにカプセルホテルなんて、ないですもんね。
お役に立てて何よりです」
若干しどろもどろになりながらも、日常会話を行う。
大丈夫私?ちゃんと喋れてる?顔に出てないよね!?
「このお礼は絶対…」
「あ、あの!お礼なんですけど!」
「ん、はい。何がいいですか?」
手を後ろで強く握り、顔が熱くなる。
それでも今しかないと直感がそう言っている
私の直感は大体当たるんだ
「よかったら、川沿いの桜を見に行きませんか。
私一人じゃ、その………寂しくて!」
桜のような綺麗なピンク色の恋が、ここで始まったような気がした。
お題『春爛漫』×『愛慕』