ざーざーと、桜並木が雨に濡れる。
お花見をしようとする者はおらず、そこに居たのは、大きなリュックサックを背負った者のみだった。
人間の様な二つの腕と、二つの足。
頭があって、顔があって…殆どのパーツは人間そのもの
しかし、皮膚が泥の様に茶色く、コンクリートの様に固い。まるで傷跡の様に、灰色が身体中に刻まれている。
目は糸目で、裏切るだろ、と総ツッコミを喰らいそうな見てくれだ。
「ふぅ…天気予報を見なかったバチが当たりましたね」
小さな小屋に避難していた彼は、雨に濡れた商品達をタオルで拭いている。
一つ一つ壊れていないかを確認し、時間をかけてそれを終えた後に、自身の体を拭き始めた。
一連の行動が終わっても尚、雨は止んでいなかった。
商品をリュックサックに詰め込んでいると、服のポケットに入れていた、スマホが鳴り始めた。
急いで手に取り、通話ボタンを押す。
「もしもしアース!そっちは大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。多少雨に濡れましたが、幸い小屋があったので、そこで雨宿りをしています」
「そっか、ならいい。近くにいるから、傘持って迎えに行くからな」
アースと呼ばれた彼が、断りの言葉を伝える前に、電話は切れてしまう。
呆れと嬉しさを混ぜた微笑を浮かべ、ぼんやりと外の雨を眺め始めた。
雨に呼応するように、彼の耳に幻聴が聞こえ始めた。
それは家がミシミシと揺れる音、ブロック塀が落ちる音、遠くから聞こえた大人の悲鳴、そして自身の足が下敷きになる音。
どれほど時間が経ったのだろうか。
雨は止まず、幻聴も止まらない。
しかし、その中に知らない音が混じった。
「アース!どこだーー」
幻聴が、すっと止まる。
雨が、弱くなった。
お題『ところにより雨』
「師匠、どうしたの〜?」
その声で、私は目を覚ました。
下から聞こえた声に視線をやると、少女が私の服の裾を握っていた。
水色髪に、餅の様なとろけた顔をした彼女は、心配そうにこちらを見つめ返している。
「ううん、何でもないよ。ここは…」
「師匠、寝ぼけちゃったの?
お部屋だよ、師匠のお部屋!」
周囲を見渡すと、確かにそこは私室だった。
深茶色の木材で構成された、暖かみのある洋風の室内。
しかし、何度も頭を回転させても、己が何故部屋にいるのか、何故彼女が居るのか、その理由が分からない。
「ところでなんだけど、なんで…」
彼女の名前を呼ぼうとした
何故か、なぜか、その名前が思い出せない。
「?」
彼女は、少女であるその子は、頭を傾けた。
確かに大切な存在だったはずなのに。他の何を捨ててもこの子は、この子達は、
育てなければならない、弟子の筈なのに。
そうしなければ、私の生存最低条件が、満たされなかった筈なのに。
私が心の中で、自問自答をしているうちに、部屋の外から騒がしい声が聞こえてきた。
それは複数の少年達の声で、細かい会話こそ聞こえないが、仲が良いことだけは伝わってくる。
「みんなだ〜!師匠、ちょっと待っててね!」
少女は裾を離し、扉へと駆け寄る。
廊下から聞こえる声は
確かに私の、大切な存在。弟子達のはずだ。
なのに、なのに
分からない、思い出せない!!
少女が、扉の持ち手を握る。
そして、その扉を開く。
何気なく、一瞬で終わるはずのその動作が、
まるでスローモーションのように見えた。
「やめて、やめてくれ!」
扉が開いた
夢が 醒めた
お題『夢が醒める前に』
一つの空島に、一人の少年が立ち尽くしていた。
体躯こそ小さいが、髪や体の節々から炎が溢れ、風に吹かれている。
まるで炎が人に化けたような、そんな姿だ。
「何がどうなってるんだ…?」
なんとか絞り出したその声には、誰も返してくれない。
なんの変哲もない、少年の第二の故郷である浮島。
川が流れて、森があって、複数の住宅が集まった場所があった、そんな風景は
全てが白い糸で覆い尽くされていた
子供がいたずらでするような、リモコンを毛糸でぐるぐる巻きにするような容量で、目に映る全ての物が、白く染まっている。
触ってみると、その糸はまるで鋼鉄のように硬い。
自分の炎で焼き尽くせないことを痛感した少年は、舌打ちをして、顔を上げた。
糸で包まれたのは、自分が立っているこの島だけでは無い。
ここら一帯、全ての島が同じようになっていた。
「焰!」
後ろを振り返ると、そこには体躯の大きい青年が居た。
「数年ぶりですね。元気にしていましたか?」
「当たり前だ。お前こそ、上手く商売してるらしいじゃないか」
青年は小恥ずかしそうに微笑む。
岩のような硬い皮膚に、少年がすっぽり収まりそうなほどのリュックを背負っている。
焰(ほむら)と呼ばれた少年は、商人に状況を確認し始めた。
「恐らく、もう察しているでしょうけど…僕たちの師匠は、いや、奇術師は」
丁寧な言葉で、言葉を詰まらせながら、結論を話す。
「奇術師が、発狂しました」
焰の胸が高鳴る。
こんな言葉は、嬉しい時に使いたいのに。
楽器のように、鮮明に、心臓の鼓動がリズミカルに聞こえてくる。
黙りこくる焰に、商人は冷静に説明する。
この次元に住む者達にとっては、当たり前で、思い出したく無い、そんなことを。
「発狂は、僕達"想者"(そうしゃ)にとって、寿命のようなもの。覆すことは出来ず、覆してもいけない。
発狂すると、自分の想いが抑えきれず暴走し、想いに呑み込まれ、自我を失う。だから…」
「今生きているそいつは、俺らの師匠とは違う…そう言いたいんだろ?」
商人は、こくりと頷いた。
焰は顔をしかめ、深呼吸する。
「行くぞ、奇術師を頃しに行く」
商人はそれ以上声をかけず、ただ焰の後ろを着いて行った。
お題『胸が高鳴る』
そこは大きな豪邸だった
殺人事件が起きそうな、洋風な邸宅。
その一室で、一人の男性がベットの上で寝ていた。
人間と同じ顔で、頬が赤く火照っている。
手の届く場所には、空のコップと皿が置かれ、窓際でカチカチと時計が針を動かしている。
落ち着いた金髪の男性は、軽く咳をした。
ぼーっと虚な目で、茶色の天井を見つめている。
暫くすると、部屋のドアがノックされ、ガチャリと開く
ぞろぞろと複数の足音が聞こえ、彼等は男性を囲む様に群がった。
群がった四人は、全員子供だった。
炎の様な少年と、水の様な少女と、
土の様な少年と、風の様な少年。
一斉に喋り出し、男性はそれを聞き取ることはできなかった。
心配の言葉だろうと、男性は予測できた。
風の様な少年がその場を落ち着かせ、
土の様な少年が、置いてあった空のコップと皿を、新しいものに変えた。
水の様な少女は、冷たいタオルを額に乗せ
炎の様な少年は、部屋の暖炉に火をつけた。
彼等は各々のやるべきことを終え、部屋を去る。
一連の行動を、金髪の男性は微笑みながら見守っていた。
「怖いね」
誰もいない部屋で、それでも誰かに伝える様に、男性は独り言を呟き始めた。
「君たちが成長し、私の元から去った時。
師匠ならば、弟子の成長を喜ぶべきなんだろうな。
私にはそれができない。だって、私は…」
目を瞑り、瞼の裏にある暗闇を見つめた。
「己のためだけに、君たちを救ったのだから」
エゴの為に人を救ったら、それは救いと呼べるのか。
それを否と言ったのなら、救いとはなんだろうか。
そんな考え事をして、男性は眠りに落ちた。
お題『怖がり』
「其よ!どうか、どうか我が子を抱いてください!」
暗い部屋で、そんな声が響いた。
足元に置かれたランタンの、ほんの少しの灯りだけが、地面から生えた草をほんのり照らしている。
部屋の奥を見ようとしても、ただただ深淵が広がり、頭痛がしてくる、そんな部屋。
そこに跪いていたのは、一人の女性だ。
とくに派手さを感じない質素な服で、目の前の暗闇に差し出すように、赤子を捧げていた。
「お願いします其よ!我が子の体は、病気に呑み込まれています。其が抱いていただければ、きっとこの子はたくましく生きれるんです!」
その声に応じたのか、暗闇から二本の腕が現れた。
それは人間のような腕だが、墨ように黒かった。
湯気のような黒いモヤが、常時腕から発せられている。
その腕は、赤ん坊をそっと受け取り、優しく、弱々しく、頭を撫でた。
赤子を捧げた女性は、手を胸の前で組み、目をうるうるとさせながら、その光景を眺めていた。
笑みを浮かべていた。
やがて漆黒の腕は、女性に赤ん坊を返した。
女性はめいいっぱいに感謝をし、頭(こうべ)を垂れ、その部屋を去った。
女性と入れ違いで、誰かが部屋に入った。
その人物は、黒いスーツを纏った、人型のドラゴンだった。鱗は蒼く、目は真っ赤だ。
スーツ姿のドラゴンは、目の前の暗闇に向かって
「すまんな、狂(きょう)。今にも狂い死にそうだったから、通してしまった」
暗闇から、弱々しく、優しい声が
「ううん、大丈夫だよ。ねぇ、こんなに存在が消えかかっていて、こんなに狂った神の手に、価値なんてあるのかな」
と、自身を卑下した。
ドラゴンは、ため息を吐き、当たり前のことを言った。
「彼女が誇りと思うなら、価値があるのさ。
ほら、とりあえず活動報告をするぞ。今回の作戦で、想教(そうきょう)の天使の大多数が、堕天使となった。
彼らの思考を、更に狂気に呑み込ませるために…」
ヴィラン達の、静かな作戦会議が始まった。
お題『小さな命』