「未練があるのは私だけ」
もう二度と会えないあの子と会えるのは、夢の中だけ。
その回数も、ここ数年はめっきり減ってしまった。
このままでは、顔も声も忘れてしまう気がする。
夢の中の彼女は、私の心の中に住んでいるのだから、本人ではない。そんなことわかっている。
たとえ別人でも構わない。
他に方法が無いのだから。
未練があるのは私だけなのかもしれない。
あの頃言えなかったこと。出来なかったこと。
まだたくさんあるのに。
────あの夢のつづきを
「ついに魔の手に堕ちてしまった」
「ついに、買ってしまった……」
「はぁあ〜」
彼が息を吐く。
同棲生活も半年を過ぎ、季節はふたつ巡って、冬。
部屋の真ん中に鎮座しているのは、悪魔の暖房器具だ。
「やばいこれ……」
「人をダメにする暖房器具だこれ」
一度入ったが最後、出られなくなる。危険極まりない。
「タイマーセットして、時間になったら出るって決める?」
「そんなことで、こいつの魔の手から逃れられるとでも?」
「思わない」
「あー、今、これを買ってしまったことを後悔してる」
「じゃあ転売する?」
「するわけねーだろ」
────あたたかいね
「未来を知りたいかと聞かれたら」
何かに導かれるように入っていった路地の奥。
小汚い雑貨屋の店先。木の箱の上に並べてある古い鍵が気になった。
「あら少年。その鍵が気になるの?」
肌の露出多めの服を着た年齢不詳の女性が微笑んでいる。
「あ、いや……」
「その鍵であの扉を開くと、未来を見ることが出来るのよ」
そう言って女性は店の奥を手で示した。
「……はぁ」
「信じてないわね」
いや、どう考えても怪しいだろこれ。
そういえば、前に兄貴がこの辺で変な体験したって言ってたな。
古本屋に色っぺーおねーちゃんがいて「それは未来がわかる本よ」とか言われたとか……
「未来っすか。そんなん知ったら面白くなくね?」
「あら、少年はそういう考えの持ち主なのね。残念」
ちっとも残念そうな表情をしていない女性に疑問を抱く。
なんか、嫌だな……
ぺこりとお辞儀をし、女性に背を向ける。
本能的な恐怖と嫌悪感が全身を駆け巡っているためか、自然と早足になった。
「残念だわ……」
女性の声に思わず振り返る。
あったはずの怪しげな店も女性の姿も、そこにはなかった。
────未来への鍵
「パンケーキは飲み物です」
「うわあ〜あ」
声を上げ、彼女は瞳を輝かせた。
「すごぉい、ぷるぷるしてる!」
そう言って、彼女はパンケーキをフォークの背で撫でる。
「いいから食え」
作った俺が促すと、彼女は両手を合わせて「いただきます」と瞼を閉じる。
「んん〜!なにこれぇ〜!とろとろ〜!」
「……ど、どうだ?」
「美味しい……はぁ、パンケーキって飲み物だったんだね」
「いや、どっちかっていったら粉もんだけど」
「メニュー名は『パンケーキは飲み物』で決まりだね!」
そう言う彼女の瞳はキラキラと輝いている。まるで満天の星空のように。
「いや、粉もんだから」
────星のかけら
「いい雰囲気を壊す方法」
ひと昔、いや、ふた昔だったら、電話が鳴って良い雰囲気の男女に邪魔が入っていた。
今や連絡のほとんどがSNS。
「うーん……どうやってふたりの邪魔をするか」
唸り声をあげて頭を抱える。
「なに物騒なこと考えてるの」
同棲中の彼女が俺の顔を覗き込んだ。
「いや、今描いてる漫画の……このふたりのことなんだけど……」
見つめ合うふたりの顔が近づいて……という、いい雰囲気のシーン。そこに邪魔が入るという、恋愛ものでは定番の展開。
イマドキの不自然ではない邪魔とは何か。それを考えているのだ。
「会社からの電話っていうのも、最近は使えないしね」
「そうなんだよ。こんなことならふたりの会社をブラックにしておけばよかった」
「通知を鳴らしまくる、とか?」
「いや、そんなウザいこと今時の若者しないだろう。やはりここは親からの電話とか」
「親もSNS使ってる世代じゃない?うちの母親、私より使ってるし」
「だよなぁ……もう、ばあちゃんからの電話にするか」
あぁ、人の恋路の邪魔は難しい。
────Ring Ring...