「俺の女神さま」
チャンスの女神は前髪だけと言うけれど、俺の女神は俺の近くをぐるぐる二周していた。
一度、通り過ぎてからその存在に気がついて、もっと周りを見ていれば、と後悔。
それから しばらくして、もう一度現れたので、すかさず捕獲。
「もう、いきなり何!」
腕の中で女神がジタバタともがいている。
「急に抱きつくとか、痴漢と思うじゃない!」
睨みつけてくる女神を無視して、彼女の肩に頭を乗せた。
「なに。これから部活じゃないの?」
「うん。今日、役を決めるオーディションだから、パワーとチャンスをチャージしようと思って」
彼女のため息が聞こえ、ぽんぽん、と頭を撫でられる。
「ま、テキトーに頑張って」
彼女はいつも、俺の心を平穏にしてくれる女神だ。
────追い風
「置いて行ったりしないから」
よちよち歩きしていた頃から一緒にいたから、今さら離れるなんて思わなかった。
「泣き過ぎ!」
そう言う彼女も、今にも泣き出しそうだ。
「だ、だってさぁ……」
「もー。なんであんたが泣くわけぇ……」
「うう……情けねー、俺……」
「まぁ、今さらだけどね」
「……うう」
志望校に合格した彼女にお祝いの言葉を言おうとしたら、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
物心つく前から一緒にいるから、今まで散々みっともない姿を晒してきたが……
「たった四年じゃないの」
「四年もだぞ!」
県外の大学への進学が決まった彼女と、県内の大学を志望する俺。
初めて離れ離れになる。
俺は将来やりたいことが定まっていない。大卒というステータスを得るためだけに大学に行こうとしている。
それに対して、彼女には夢がある。真っ直ぐにその夢を追う彼女に対して、置いていかれてしまうのではないかと不安なのだ。
「大丈夫、置いて行ったりしないから」
彼女の唇が頬に触れる。
「私だって、ずっと一緒にいたいんだよ」
眉を下げて微笑む彼女の頬を、一筋の涙が流れた。
────君と一緒に
「新年は、眩しい」
朝食と昼食を兼ねた、お雑煮とおせち。
二年参りしたけれど、別のところに初詣に行きたい気分になった。
カーテンを開けると澄んだ青空。
この辺りの冬は、どんよりとした日が多い。
元日だということもあって、清々しい気分が増しているのかもしれない。
正午過ぎに家を出ると、予想していたよりも空気が冷たく感じられた。
雲ひとつない空。
冬の澄んだ空気。
雪を冠る山。
新年は、眩しい。
諦められなかった恋を断ち切る──昨日までは何故か出来なかった。出来ないと思っていた。
でも、今は……
「新しい恋、してもいいかも……」
────冬晴れ
「禁じ手だと、わかっていても」
『婚活で会う人にはね、あなたにとっての幸せって何ですかって訊くようにしていたの』
三年前に結婚し、現在育児中の友人の台詞を思い出す。
この言葉を聞いた当時はまだ、自分が婚活するなんて思ってもいなかった。
「君にとっての幸せって、どういうものだと思う?」
目の前にいるのは、マッチングアプリで知り合った、初めて対面する男性。
「あなたはどうなんです?」
質問に質問返しは禁じ手だけど、出方を見たい。
私の回答で今後の展開が決まるなら尚更。
初対面で一番最初に訊くのは、合理的過ぎやしませんかねぇ……と思いながら。
────幸せとは
「夜明けなんて来なければいい」
『あけおめー』
『今年もよろしく』
真夜中のチャットルームは年中無休。
『新しい年になることのどこがおめでとうなんだろうね』
『それな』
『新年の雰囲気、苦手』
『わかる』
今年もこんな感じなのだろうか。
昼夜が逆転した生活。
画面越しの会話しかしない日々。
あえて言わない、言えないこと。
踏み込まない、踏み込まれたくないこと。
抱えている内容は違えど、触れたくない、触れられないのは同じ。
冷静に状況を見ている、もうひとりの自分。そいつに押しつぶされそうになっていることも。
明けない夜は無い──人に言われたくないフレーズのひとつ。
だけど、自らそう言えるようになったら、夜明けは近い。
だけど本当は、夜明けなんて来なければいいと思ってる。
────日の出