「誤解を招く言い方しないで」
ゴウッと強い風が吹き、ロングスカートが踊る。
この丈では真下から風が吹かない限り、スカートの中が見えることはない。
しかも見えたとしても黒の一分丈レギンスが見えるだけだ。
「……なにやってんの」
隣でヤンキー座りをしている彼を睨みつける。
「いやぁ……見えるかなぁと思ってですね」
「変態」
「ゴミを見るような目で見られた。ちょっとゾクゾクしてきた」
「誤解を招くような言い方やめて。もういいから早く歩いて」
「へいへい」
────風のいたずら
「懐かしい本」
『忙しい』というのは、心が亡くなるということ。
それを実感したのは、ブラック企業に勤めて数ヶ月目。
涙脆いという自覚はあったのに、泣けると評判の動画で泣けないと気がついた時だった。
そういえば、読書もしたいと思えない。
畳み掛けるように、体調を崩し、そのまま退職。
上の人にはいろいろ罵倒されたが「ドクターストップかかったので」の一言で黙らせた。
「しばらくうちでゆっくりしたら」という母の勧めもあり、実家に戻った。
だが、染みついた社畜精神は無くならない。落ち着かないのだ。
家業の手伝いを申し出るも「今はゆっくり休め」と言われてしまった。
家にいてもなんだか落ち着かないので、図書館で時間を潰す日々を過ごしている。
読みたい本はだいたい読んでしまったので、昔読んだ本を探す。
児童向けの本だが、ラストが印象的だった。
タイトルは、たしか……
「あった」
閉館時間が近づいていたので、貸出手続きをすることにした。
夜、ベッドに座り、懐かしい表紙の本を開く。
覚えているシーンと、覚えていなかったシーン。
あの頃わからなかった、大人の登場人物たちの言葉が、するすると心に入っていく。
「大人になった、ってことかな」
呟いたと同時に、頬を伝うものに気づいた。
────透明な涙
「遠距離恋愛もうすぐ三年」
ホームの階段を駆け上りそうになる。
改札口は、ひとつ。
忙しいだろうから迎えはいらないって言っているのに、彼はいつも改札口まで迎えに来てくれる。
東京よりも低い気温。
頬がぴりりとする。
改札口を出て、見慣れたコートに駆け寄ると、挨拶よりも先に抱きしめられた。
六年間の予定の遠距離恋愛も、もうすぐ三年。
あと半分。
これからの三年間、彼はもっと忙しくなる。
今までみたいに、東京に会いに来る時間も無くなってしまうかもしれない。
だけど大丈夫。あと半分。
彼が東京に来られないのなら、私がこの街に来ればいいだけ。
澄んだ空は真っ青。
バスには乗らない。
徒歩一時間の道を手を繋いで歩いていく。
────あなたのもとへ
「今どきそんなベタなことしない」
彼女が髪をかき上げた。
ふぅ、と息を吐いて、俺の耳に唇を近づけてくる。
あぁ、早くしてくれ。
そして、彼女はそっと囁く──
「こ・た・つ」
「って、おおおおい!」
俺は彼女から距離を取った。
「え、ダメだった?」
「今どき、漫才でもそんなベタなこと言わねーぞ!」
「じゃあ『ゆたんぽ』?」
「暖房用品の名称だろうが!」
『あたたかい言葉をかけてくれ』と、こいつにお願いした俺がバカだった。
くそぅ。耳が熱い。
まだ耳たぶが彼女の吐息を覚えてる。
────そっと
「季節を巡る」
子供の頃、父に連れられて行った場所は、季節を感じる場所ばかりだった。
春の訪れを告げる福寿草から始まって、梅、あんず、カタクリ、木蓮、桜、桃の花、菜の花、水芭蕉、紫陽花、蓮の花、向日葵、コスモス、ダリア、彼岸花。そして紅葉狩り、飛来した白鳥……
絵を描くことが好きな私のために、父はいろいろな景色を見せてくれたのだ。
そのひとつひとつが、私の世界を作っていった。
そして今、人生の伴侶となった人と、季節を感じる景色を求めて各地を巡っている。
あの頃見た景色は変わらないはずなのに、隣にいる人が違うだけで、感じ方が変わるものなのか。
たぶんまた、来年、再来年、十年、二十年──月日を重ねたら、また別の印象を受けるのだろう。
────まだ見ぬ景色