「遠距離片想い」
遠距離恋愛だったら、どんなに良かっただろう。
私がしているのは、不毛な恋だ。
遠距離で、絶対に片想いだとわかっている恋。
なぜなら、彼はあの子のことが好きだから。
「グループ内で恋愛なんて、絶対あとで面倒なことになるから、あたしはしないなー」
何気なく言ったあの子の言葉に、一瞬彼の顔が引き攣る。
「たしかに。別れたら気まずいことこの上なし!」
「だよねぇ!」
あの子にはバレないように、こちらにあの子の視線を向けさせる私。
何を言っているのだろう。
グループ内で、片想いをしているのに。しかも何年も。
年に数回しか会えないことを感じさせない会話はつづく。
帰りの特急電車は予約していない。
明日も有給取得済み。
片想いで、他に好きな人がいるってわかっているのに、私は何を期待しているのだろうか。
話に夢中になっているフリをして、わざと逃した最終電車。
家路につくあの子と別れて、彼とふたり夜の街を歩く。
ひとつひとつ消えていく店の灯り。
遠距離恋愛だったら、どんなに良かっただろう。
私がしているのは、不毛な恋だ。
何年も何年も実らない恋を抱えている彼に、私は何年も何年も実らない恋をしている。
ネットカフェに向かおうとする彼の背中に抱きつくことができたらいいのに。
そんな勇気があったら、とっくに告げている。
どうか今、ここで世界が終わってほしい。
────時間よ止まれ
「二十一時ちょうど。新宿発」
色とりどりの街の灯りを見ると「帰ってきたなぁ」と思う。それは、私がこの街で育ったから。それだけ。
キラキラしているように見えて、ギラギラ。
眩しくて、眩しくて、めまいがしそうになる。
この狭い地域にこんなにも色々な人々や様々なものが詰め込まれているかと思うと、気が遠くなる。
新宿発の特急あずさ。
最終は二十一時。
「次はいつ帰ってくるの?」という、友人からのメッセージの返信に困る。
帰省する頻度は少なく、間隔も開きつつあるから。
夜景なんて、人々が生活していれば何処でだって見ることができる。
疎になってゆく光をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えて、結論を出す。
都会で生まれ育ったからといって、都会が合うかどうかは別問題だ。
私には、生まれ育ったこの街が合わなかった。ただ、それだけなのだろう。
────夜景
「記憶の修復」
ずっと昔、一度だけ見た風景が忘れられない。
だけど、肝心の場所を覚えていない。
連れて行ってくれた両親は早くに亡くなってしまったから、記憶だけが頼り。
どうにか社会人になり、旅行ができるくらいの余裕ができたので、その思い出の場所を探し始めた。
あっさりと見つかったのは、記憶していた風景が鮮明だったのと、名所として有名な場所だったからだろう。
東京から新幹線で向かい、臨時便のバスに乗る。
長閑な風景に、記憶の糸が解れていく。
バスから降りて、人の流れについていくように歩いていると、丘の上に屋台が並んでいるのが見えた。
駆け上がりたい気持ちを抑えて、ゆっくりと丘を登る。
木々の向こうに、あの風景があるはずだ。
川に向かう傾斜に咲く黄色い可憐な春の花。
雪をほんの少し残した山。
春の空は少し霞んでいる。
やっと、やっと来ることができた。
数少ない、両親との記憶。
近くにいる、あの頃の自分と両親のような親子を見つめる。
そして、自分の記憶に近づけていく。
もう顔も声も朧げで、だけど忘れてしまったら、二度と取り戻せない。
また来年も、その次の年も、ここに来よう。
両親の記憶を修復するために。
────花畑
「運命の雨」
「雷は怒りだと言われているけど、雨が空の涙なら雷は嗚咽なのではないだろうか」
そう言った彼に反論したことがある。
怒りで涙が出ることもあるのだと。
稲光とビリビリとくる感覚は、嗚咽ではなく怒りだと。
夏になると思い出す。
彼との会話は、どこまでも続いた。
興味ある分野が、ほんの少し被っていて、それが世界を広げる間口になっていたのだ。
図書館へ向かう坂道を降る。
向こうから彼が歩いてくるような気がして、首を振る。
居るはずない。
彼が東京へ出てから、連絡も取っていないし、今さらどんな顔をして会えるというのだろう。
別れは最悪だった。
やり直したくないくらいに。
ぽつり、ぽつりと足元が濡れる。
駆け込んだ先で、運命の輪が再び廻り出すなんて、この時はまだ思いもしなかった。
────空が泣く
「スタンプだけの理由」
「俺、彼女にウザがられてるかもしれない」
ずっと密かに悩んでいることを、親友に打ち明けた。
「理由は?」
「これを見てくれ」
「いいのか?」
俺はスマホの画面を彼らに見せる。
「どう思う?」
「お前、文章長すぎ!
「つーか、日記じゃねーか、これ」
「いや、俺の書いた文はどうでもいいんだよ!」
「返信が、いつもスタンプだけだな。どんな長文にもスタンプだけ」
「そうなんだよー。やっぱ、ウザがられてるよなぁ」
「うん。ウザいっていうか、よくこんな長文書けるなぁと思われてそう」
「うう……やっぱウザがられてるか」
「読むのダルいと思うぞ」
「隣に住んでて毎日学校でも会ってるんだから、直接話せばいいだろ」
「……あー、うん、そうだよな」
アドバイスに従い、俺は彼女にその日あった出来事やなんやかんやをLINEで送るのをやめることにした。
そして数日後。
「ねぇ、最近LINEが業務連絡みたいになってるけど、なんかあった?」
彼女が心配そうな表情で俺を見つめる。
「あー、いや、なんか……俺、毎日毎日、長文送り付けてたから、ウザかったかなぁと思って……」
「そんなことないけど」
「えっ……でも、返信スタンプだけだし」
「あ、それは……」
彼女の話をまとめると、返信がスタンプだけなのは、俺の書く文章のファンなので、トーク画面を俺の書いたもので埋め尽くしたいだけなのだという。なんだそれ。やっぱり俺の彼女おもしれーな。
────君からのLINE