「平穏な日々は見えない奇跡」
人混みが苦手なので、初詣は日の出前の時間帯を狙う。
鳥居の近くでは夜通しウロウロしていたであろう集団が騒いでいる。
普段はこの時間に誰もお参りしてないんだろうなぁと思うと不思議な感じ。
ただ新しい年になっただけなのに、すべてが新しくなる気がする。
御守りをお返しして、本殿に昨年護っていただいたお礼を伝える。
昨年は厄年かと思う程、散々なことばかりの一年だった。
勤め先の小売店が閉店して無職になり、その後再就職した会社はブラックで、逃げるように即退職。
その上、学生時代からの友人に彼氏を寝取られたり、轢き逃げの被害に遭ったり、感染症にも罹ってしまった。
あれだけ病院のお世話になったというのに、入院する程の事態にならなかったのは幸運と言えるかもしれない。
どうにか晩秋に再就職もできた。今の職場はブラックではないと思う。たぶん……
抱負なんて大袈裟なものは思い浮かばない。
ただ、平穏な日々を送りたい。
今、当たり前だと思っていることが、ずっと続いていくこと。
それがどんなに難しいことか。
お参りを終えて鳥居から出ると、東の空が明るくなっていた。
────今年の抱負
「今年も相変わらずの一年を」
「あけましておめでとう」
「あけおめー」
「はぴいやー」
「おめでとーおおお、花火っ!」
いつものメンバー男四人で二年参り。
俺たちは、寺の境内から続く参道で待機中に新年を迎えた。
どっかんどっかん花火が上がり、周囲の参拝客から歓声が上がる。
「今年もよろしくー」
「おめーよろー」
「よろしくー」
「うおお。ブレた。やっぱ花火撮るの難しいなぁ」
「動画で撮ってそれスクショするといいぞ」
「なるほどー。お前、マジ頭良いな」
「しかしこれ、いつ本堂入れるんだろうな」
どうやら俺たちの集合時間は少し遅かったようだ。
「まさか仁王門まで並んでるとは思わなかったな」
来年いや、今年の大晦日に来るときは、もっと早い時間に来ないと。
「いやー、新年って感じしないな!」
「そう?」
「今言う?あけおめ言ったばかりで言う?」
「だって、いつものメンバーだし。なんだよ、ひとりくらい着物着ててもいいのに、みんな普通の格好だし!」
「着物なんて浴衣しか持ってねーぞ」
「俺、浴衣も無い」
「ま、男の着物なんかどうでもいいけどさ」
「あー、はいはい」
ダラダラと話しながら待っていると、列が動き出した。
「なぁ、お願いごと何にすんの?」
「こういうのって、去年無事に過ごせたお礼言うもんじゃないの?」
「はー……これだから純粋バカは。やっぱ彼女がほしい、だろ。あとは……」
「除夜の鐘の整理券貰った方が良かったんじゃね?こいつの煩悩祓わないと」
「祓える煩悩なら、いいんだがなぁ」
今年も、なんだかんだでこいつらとつるんで一年過ぎるんだろうな。
それはそれで悪くない。
────新年
「最後の挨拶」
ラジオからは今年のヒット曲メドレー。
今日が今年最後の日だなんて、実感がない。
大掃除と似て非なる引越し準備は、なかなか進まない。
気がつけば午後六時半過ぎ。
続きは年明けにしよう。
ひとり分の蕎麦を茹でて、薬味と日本酒と共に食卓に並べる頃には、紅白歌合戦が始まろうとしていた。
今回の年末年始の休暇は実家には帰らない。
ひとりきりの大晦日もお正月も、きっとこれが最後だろうから。
早めに入浴して、ストレッチしながら紅白歌合戦を聴く。
友達からの「良いお年を」のメッセージに混じって届いた彼からのメッセージに返信した。
彼に年の瀬の挨拶をするのは、これで最後。
「一ヶ月後には一緒に住んでいるなんて、信じられないなぁ……」
────良いお年を
「今年最後の」
「うぅ……しみる……」
「さーむーいー。誰だよ二年参りしようって言ったやつ!」
「お前だろ」
「俺じゃねーよ」
「誰でもいいよ。もう集まっちゃったんだし」
大晦日。二十三時。
いつものメンバー男四人で、ぞろぞろと近くの寺へ向かう。
「ちょっと早くね?」
「そんなことないんじゃないかなぁ」
「いつ行っても混んでるんだから、いいんじゃね?」
「さむいいいーもうかえりたいー」
「あ、俺カイロ持ってるよ。この前福引でいっぱい貰ったんだー」
「神!」
「あれ、期限切れてね?」
「ほんとだ。いつ貰ったやつだよ」
「えーと、去年?」
「どこが『この前』なんだよ」
「でも使えるよ」
「ああ……カイロじゃなくて、彼女であったまりたい……」
「またお前はそういう……」
「お前らには悪いけど、俺は来年は彼女と二年参りするからな」
「十二月三十日に振られる、に一票」
「じゃあ俺、二年参りの途中、来年が終わる直前に振られる、にこのカイロを賭ける」
「いらねー」
「なんで俺がいつ振られるか賭けてんだよ」
「俺は彼女出来ない、に賭けるわ。つーか、お前ら一応夜中だぞ。静かに歩け」
思えば今年もこいつらとバカなことばかりしていた気がする。
「はー……さむいさむい」
「あ、走ればあったかいんじゃね?」
「それなー。よーい、どん!」
「あ、てめぇ!」
「いきなり始めるんじゃねぇ!」
「お前ら、うるせーぞ!」
出来れば、コレがバカ納めであってほしい。
そう思いながら、俺は寺までダッシュする三人を追った。
──── 一年を振り返る
「幼馴染と、こたつでみかん」
炬燵──それは一度入ったら出られない、悪魔の暖房器具。
幼馴染歴二十年を超える男友達と炬燵に入り、ダラダラとテレビを見ながら、みかんの皮を剥く。これぞ日本の年末年始って感じでいいねぇ。
ティッシュの上に半分に割った中身を置き、一房ずつ白い筋を取り、再びティッシュの上に並べていく。
幼馴染がそれをつまみ、躊躇うことなく自分の口の中に放り込んだ。
「ちょっと、ねぇ!」
「ん?」
「それ、私が剥いたやつだよ」
「うん。知ってる。ありがとう」
「そうじゃなくて!なんで食べちゃうのよ!」
「え、俺に剥いてくれてるんじゃないの?」
「なんでだよ。私が自分で食べるためだよ」
「そっか。悪い悪い」
そう言って彼は「ほれ、あーん」と、みかんを一房私の口元に差し出す。
「あのねぇ」
「食わねーの?」
半ば無理矢理、口の中に押し込まれてしまった。
そんな私たちのやり取りを見ていた母が一言。
「あんた達、本当に仲良いわねぇ。いい加減、結婚すればいいのに」
後半のセリフは余計だよ、お母さん!
────みかん