「いつも見上げている」
海、山、街。
空は同じはずなのに、違うように見える。
それがなぜなのか、子供の頃からずっと疑問だった。
海に投げるのは、心の叫び。
山で投げるのは、挨拶と喜び。
空に投げるものは?
それは、希望だったり、不安だったり。
川に沿って下って歩いていると、ビルが増え駅に近づいているのだと実感する。
そして、狭くなっていく。
視野と、空と……もうひとつ。
それでもいつも空を見上げている。
どこかに繋がっているはずだから、と言い聞かせながら。
────大空
「サンタは捕まる」
二学期の期末試験の最終日。
開放感を抱えながら、いつものメンバー四人でだらだらと歩く。
「鈴の音って邪気を払うっていうじゃん。ということはさ、サンタが来る時のあの音もそうなのかな」
悪友のひとりがまたわけのわからないことを言い出した。
「あれ鈴の音なのか」
「トナカイの首についてるアレだろ。だったら浄化じゃねぇと思うけど」
「じゃあなんなんだよ」
「飼い猫の首輪の鈴のようなもんだろ」
「飼いトナカイ?」
「トナカイペットじゃねーし。あれ馬みたいなもんだろ。馬に鈴ってつけるか?」
「ていうか、結構大きな音出してるよな」
「あれだ、車とかバイクの排気音をうるさくするのと同じなんじゃね?」
「暴走サンタ」
「イキリサンタ」
「捕まるだろ」
「あいつら不法侵入するしな。煙突から」
「うち煙突ないけどサンタ来るぞ、毎年」
「それは……」
言いかけて、やめる。
まさかとは思うが、高校生にもなって……いや、こいつならありえる。
俺以外のふたりもそう思っているようで、顔を見合わせた。
「え、俺変なこと言った?」
「いや……」
「お前はそのまま綺麗な心のままでいろよ……」
「いつも変だから気にするな」
────ベルの音
「あの子のいちばん」
ひとり教室の隅で本を読んでいたあの子に声をかけたのは、時々見せる横顔が寂しそうだったから。
はじめは遠慮していたけど、だんだんと心を開いてくれて、それがとても嬉しかった。
一見おとなしいけど、将来の夢に向かって努力していたり、実は曲がったことが嫌いだったり……
あの子のいいところを一番知ってるのは私──そう思っていたんだ、と気づく。
「誰にも言わないから」
約束して明かした、好きなひと。
応援して、励まして、男友達も巻き込んで、あの子の初恋が実ったあとに残ったのは、ほんの少しの寂しさ。
友達をやめたわけではなくて、むしろ一番の友達だと、これからもずっと友達でいてほしいと言われた。
嬉しかったけれど、あの子の一番は、私がよかった。
────寂しさ
「にんげんゆたんぽ」
「一緒の布団で寝ていい?いやいや、そういう意味じゃなくて」
「いや、どう考えてもそっちに取るだろ」
子供の頃の冬の寒い夜、きょうだいの布団に潜り込んで眠っていた。
妹よりも弟のほうが、あったかいから──と、小学校高学年くらいまで弟の布団に潜り込んでいたのだ。ちなみに断じてブラコンではない。
「……つまり、人間湯たんぽになれ、と?」
「まぁ、そうだね」
納得したような不服そうな顔をする彼。
「明日早いし。ねぇ、いいでしょ?」
「まぁ、いいけど……」
承諾を得たので、早速ぬくぬくさせてもらった。
アラームを設定するためスマホに手を伸ばす。どうやら雪が降り出したようだ。
「はー……これはいい湯たんぽだわ……」
「たしかに、あったかいな……」
────冬は一緒に
「私がわからない話するのやめて」
「昨日、ドラッグストアの駐車場にセキレイがいて、五歳くらいの子が追いかけててさー」
「駅のクリスマスツリー見てきたんだけど、たいしたことなくて」
「先輩がコロッケパン食べたいなら、コロッケ買って食パンに挟んで食えばいいって言って……」
教室の隅にいると、いろいろな会話が聞こえてくる。
そのほとんどは、聞いても聞かなくても困らない話。
誰が話しても同じだろうと思われる内容。オチのない話。
私には、出来ない。
他人のせいにしたくはないが、心当たりはある。
小学校に入学したばかりの頃。
私は、なかなか周囲の子に話しかけることが出来なかった。
夏になってもひとりぼっち。
そんな私に声をかけてくれた子がいて、私はその子に懐いた。
しかし、その子は人の話を聞かない子だったのだ。
「なにそれ。つまんない」
「ふーん。で?」
「私がわからない話するのやめて」
その子は、自分の話を黙って聞いてくれる子が欲しかっただけだったのだろう。
どんな話題を振っても文句を言い、自分の話にすり替える。
私は何を話したらいいのかわからなくなり──何も話せなくなった。
「完全にトラウマだよなぁ……」
あの子が今どこで何をしているのかわからない。
今もあんな感じなのだろうか。
いや、さすがに成長していると思いたい。
────とりとめもない話