「カーテンから漏れる光のなかで」
ふと目が覚めて、彼女が隣にいることを確認していたら、すっかり目が冴えてしまった。
アラームが鳴るまで二十三分。
今、二度寝したら寝坊してしまうだろうから、丁度いい。
つい数日前までは、ひとりで眠っていた部屋に彼女がいる。
そして、これからもずっと。
子供の頃は当たり前だったことが、当たり前ではなくなって、そのことによって自分の気持ちに気がついた。
だから、あの日々は意味があったのだと今なら言える。
それでも当時はそんなこと思えなかったし、泣かしたことも、泣きそうなほど辛かったこともあった。
カーテンの隙間から漏れる光。
少しずつ明るくなっていく部屋。
身動ぎする彼女を抱きしめる。
「これからは、ずっと一緒だ」
そう呟いて彼女の額に唇を寄せた。
たぶん、明日も明後日も、この喜びを噛み締めるのだろう。
────きっと明日も
「真夜中のチャットルーム」
小さな頃から苦手だった。
夜、家族が寝ている時間に、ふと目が覚めること。
カチカチカチカチという時計の秒針が、何か悪い者、恐ろしい者が近づいてくる足音に聞こえたのだ。
今でも、時計の秒針の音は苦手。
体中をカチカチカチカチという音が巡って、侵食されていくようで。何処か別の世界に連れて行かれそうで。
だから、自分の部屋を割り当てられた時、デジタルの電波時計を部屋に置いた。
それでも、静かすぎる夜に、ふと目が覚めてしまうのは苦手なまま。
あんなこと言うんじゃなかった、とか。
あの時あの人に言い返しておけば良かった、とか。
後悔ばかりを連れてくるから。
枕元に置いているスマートフォンに手を伸ばす。
寝返りを打って、アプリを起動し、ログイン。
「またこんな時間に居る……」
毎晩のように、夜中チャットルームにいる彼女。
一体どんな生活をしているのやら。
『夜中に目が覚めて、時計の音が怖いっていうの、わかるなぁ』
以前、彼女に言われたことを思い出す。
彼女もまた、皆が寝静まっている夜が苦手なのだろうか。なんとなく、そんな気がする。
だからだろうか。
今夜も、一番わかってくれる彼女に、洗いざらい話してしまう。
肩書きや、実年齢も知らない、画面の向こうの彼女に。
────静寂に包まれた部屋
「一緒の帰り道」
家が近くだからって、陽が落ちてくると危ないからって、幾つも理由をつけて、君と一緒の帰り道。
たぶん周囲にはバレているのに、君にはバレていないとか、鈍すぎやしないか。
ついゆっくり歩いてしまいそうになる。
あぁ、もうすぐ別れ道。
名残惜しくて、こっそりと見つめてしまう。
この気持ちを伝えても、君は戸惑うだけだろうな。
小さく手を振る君。
頷いて、歩き出して、振り返る。
ドアを開ける君を見届けて、歩き出す。
またひとつ、季節が進む。
ひんやりとした風。
卒業まで、あと一年と数ヶ月。
進路のことは、考えないように、話題にしないようにしている。
きっといつか、次に会える日がいつなのか、わからなくなる時が来るかもしれない。
『それぞれの道』ってやつ。
それを思うだけで、息が詰まりそうになるのに、まだ時間があるからと、今日も伝えられないまま。
たったひとこと。
幼い頃は、何も考えずに言っていた。
どうして今、これだけは言えないのだろう。
その理由ばかりを探し、君の鈍さのせいにしている自分に嫌気がさす、ひとりの帰り道。
────別れ際に
「それだけの関係」
あっという間に空が暗くなって、ぽつり、ぽつり数滴の雨が地面を濡らし始めたら、そのまま一気に本降りになった。
傘を開く間も無く、濡れていく。
石の階段は既にびしょ濡れ。
山門に駆け込んだ途端、遠くから雷の音が聞こえ、雨もさらに激しくなった。
とりあえずここで雨宿りさせてもらおう。
一息つき、ふと気配がした方を見ると、今一番会いたくなかった人がそこに居た。
「久しぶりだね。元気だった?」
和かに私に声をかける彼。
あぁ。他人に向ける笑顔だ。
どう応えていいものか一瞬迷い、軽く頷く。
「すごい雨だね。さっきまで、あんなに晴れていたのに」
「そうですね」
彼の方を見ずに応える。
どうして会いたい時に会えなくて、会いたくない時に限って会ってしまうのだろう。
息を吐く。
天気アプリで雨雲レーダーを確認。
三十分もしないうちに雨は止むはずだ。
彼の探るような視線を感じるが、私はそのまま前を見続ける。
私を突き放したのは彼。
今さら、話すことなど無い。
もう他人なのだ。
たまたま雨宿りをした所に居合わせた二人。
今の私たちは、それだけの関係。
だから、これ以上、私を見ないで。
話しかけたりしないで。
────通り雨
「儚く美しいこの世界に君を残して」
入道雲と鱗雲。
行ったり来たりを繰り返すように、少しずつ変わっていく空。
桜の葉やハナミズキの葉が、一足早く色を変えていく。
「急に冷えてきたね」
残り少なくなってきたカレンダーに印をつけながら君が呟く。
その印をつけた日が来る頃には、僕はここにはいない。
君もわかっているはずなのに。
それを感じさせないように君は振る舞う。
ずっとずっと側にいられたらいいのに。
それは、絶対に叶うことのない願い。
「どうか僕のことを忘れて。いつか他の誰かと幸せになってほしい」
心にも無い綺麗事を並べる。
罪を償うのは、僕ひとりでいいはずだ。
この儚く美しい世界に君を残していくことは、最大の罰。
赦してほしいなど、決して言えない。
だから、君が僕を恨む日が来るように祈ってる。
誰かと幸せになる日が来ても、僕のことを忘れないように。
僕がこんなことを思っているなんて君が知ったら、さすがに軽蔑するだろう。
それでいい。
それでいいはずなんだ。
「見守っていてね。私頑張るから」
頷くことしか出来ない僕を、君は抱きしめる。
────秋🍁
2024.09.26.