「朝焼けにおやすみ」
暦の上では秋だが、まだまだ気温の高い日は続いているため、取り込んだばかりの洗濯物はホカホカと温かい。
まだ高校生は学校にいるであろう時間帯だ。
そっとカーテンを閉める。
繁華街に住んでなくてよかった。
ゴロリとベッドに寝転がる。
まだ明るいから、もうひと眠り。
次にカーテンを開けるのは、陽が落ちてから。
月を眺めながら、今夜の話題を探してネットの海を彷徨う。
日付が変わってからの逢瀬は画面越し。
「月が綺麗ですね」なんて、言える度胸はない。
だけど、同じ月を見ていることが、私と貴方が生身の人間だということを証明している気がする。
学校に行けなくなって、外にも出られなくなった。
それでも、誰かと繋がっていたいなんて、都合が良過ぎると思う。
だけど、この時間が楽しいと、まだ思える。
それなら、大丈夫。
私も貴方も、大丈夫。
朝陽が近づいてくる気配がして、カーテンを閉める。
おやすみ。また明日。
そう言い合えることがとても救いになっていること。
たぶん、私と貴方以外には理解できないだろう。
でも、今は、それでいいのだ。
────窓から見える景色
「彼女のためなら」
俺の初恋相手は、幼馴染で、何不自由なく育てられたお嬢様。
毎年、誕生日のプレゼントを俺に強請ってくる。
幸いなことに、モノではないから助かっているが。
まぁ、欲しいものは何でも買ってもらっているみたいなので、庶民の俺に物を強請るなんてことは、する気にもならないのだろう。
「今年はね、誕生日まるまる一日、ずっと一緒にいてほしいの」
「朝から晩までか」
「違うよ。夜中の零時からずっと。一日中。日付変わるまで」
「いや、さすがにそれは……」
「どうして?」
「どうして、ってなぁ……いくらお前に甘い親でも、そんなのダメだって言うだろ」
「言わないよ〜あの人たち、私のこと、高級な物を与えておけば良い存在だと思ってるだけだもん」
「そんなことないだろ」
「あるよ」
泣きそうな顔をされてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。
「私が一緒にいてほしい時に限って、一緒にいてくれないもん。いつもいつもいつもそうだよ」
口調は穏やかなのに、泣き叫ぶような表情をしている彼女を思わず抱きしめる。
「わかった。誰が何と言おうと、その日はまるまる一日中、俺が一緒にいてやる」
俺には、こんなことしか出来ない。
だけど、それで彼女が笑顔になってくれるのなら……
「ありがとう。ふふ……楽しみー。一日中ずっと遊べるね」
純粋培養のお嬢様である彼女が『夜中から朝、昼、夜と男女がずっと一緒にいること』が、どういうことなのかイマイチわかっていないことなど、俺にとっては些細なことなのだ。
────形の無いもの
「もう潮時か」
子供の頃よく遊んでいた公園からジャングルジムが撤去されたそうだ。
その公園は、通学路とは反対方向にある。
高校生になってからというもの、その公園の前を通ることが減ってしまったから知らなかった。
「遊具を撤去する公園って、増えてるらしいよ。とくにジャングルジム」
「へー。なんでだろ」
「危ないからじゃない?」
「そんなん、今さらじゃね?」
「あんたも何回も落ちて怪我してたしねぇ……」
幼馴染がニヤニヤと笑いながら俺を見ている。
小学生の頃から高校生になった今も、一緒に登下校しているが、彼氏彼女の関係ではない。まだ……
話題にのぼったからと、少し遠回りして懐かしい公園に寄り道。
「あー、本当にないね」
子供の頃、広かったと思っていた公園は、それほどでもなくて、それは俺たちがそれなりに大きくなったから。
でも、体は大きくなっても、それ以外が成長しているかどうかはわからないよな、などと思ったりする。
「一番上に登ったとき、自分最強だと思ったなー」
「そのあと落ちてビービー泣いてたけどね」
「うるせー。忘れろ。そういうお前は、怖がって一番上に登って来なかったじゃねーか」
「だって、危険だってわかってるのに、行こうとは思わないもん」
「……ほんと、変な子供だったよな、お前」
「でも、ずっと友達でいてくれてるあんたも変だよ」
あの頃からずっと一緒にいる俺たちだが、三年後どうなっているかわからない。
この公園の遊具のように、ある日突然俺の隣から居なくなったりとか……そう、彼氏が出来たり……
それだけは勘弁してほしい。
「そろそろ友達は卒業したいんだけどな……」
思わず呟いてしまった一言。
どういう意味かとしつこく聞いてくる。
あぁ、もう潮時か。この気持ちを隠しておくことは出来そうもない。
────ジャングルジム
「護ってくれる声」
誰かが呼んでいるような、引き上げられるような感覚がして、自然と瞼が開いた。
白い天井。
薬品の匂い。
ガードされるようにカーテンでぐるりと囲まれている。
病院のベッドか。
「……いきて、る……?」
正直言うと、死を覚悟していた。
胸を撫で下ろす。
眠い。ひたすら眠い……
あの時、聞こえた声は何だったのだろう。
あれがなければ、どうなっていたことか。
あの声がしたから、反射的に身体が動いたのだ。
頭がおかしい子だと思われるからと、誰にも言ったことはないが、危険なことに巻き込まれそうになると、どこかから声が聞こえるのだ。子供の頃から。
神様なのか、ご先祖様なのか、早くに亡くなった両親かはわからない。
以前はそれを知りたかったが、ここ数年は、あの声の主がどこの誰かなんて、そんなことはどうでも良くなった。
いつも護ってくれる存在に感謝しつつ、ゆっくりと瞼を閉じる。
大丈夫。なんとかなる。
何もかも失ったけど、生きているのだから。
────声が聞こえる
「指を絡めて 花火」
虫の鳴き声が響く夜。
ドキドキしているのが、バレてしまいそうな距離。
大丈夫。
隣の幼馴染は、花火に夢中で気がついていない。
どこかの神社の例大祭で打ち上げられている花火。
いつまでも暑かった秋は、やっと気温を下げる気になったようで、ここ数日一気に涼しくなった。
だからだろうか。
幼い頃のように、こうしてくっついて座っているのは。
「冷えてきたな」
「そうだね……」
「窓、閉めるか」
立ち上がって、窓を閉めて、また私の隣にくっついて座る。
そうするのが当然だというように。
囃し立てるような虫の鳴き声。
そんなんじゃない。そんなんじゃ、ない。
彼氏彼女の関係ではないはずだ。
それなのに、どうして私たちはどちらからともなく指を絡めるのだろう。
そうするのが、当然だというように。
どういうことなのか、聞きたい。
だけど、聞かなくてもいいような気もしてる。
今さら、言葉で確認するようなことだろうか。
お互いの体温が心地よいことは、わかりきっている。
窓越しの締めの花火。
近づいてくる唇に、瞼を閉じる。
────秋恋