命を落とした身体に、別の命が入り込んだ時。あるいは、落とされたはずの命が運良くその身体に戻った時。
そうなった存在は、「半霊」と呼ばれるものになる。
半霊のほとんどは、別の命が入り込む形で生まれている。身体の持ち主だった命は、その身体が半霊にされた頃には、そのほとんどがとっくに星になっているからだ。
…ここまでが、私が聞いたことある話。
じゃあ、命を落とした身体に別の命が入り込んだとして、その身体の元々の持ち主が、星になっていなかったら?別の誰かによって半霊となった身体を、その身体の元の持ち主が認識したら?
…これに関する話は、あまり聞かない。まぁ、ほとんど起こらない事象だものね。
これに関しては、「身体を取り返そうとする霊体と身体を取られまいとする半霊が争い出すだろう」っていうのが、私の持論。
だって、幽霊になっている時点で、未練をそれなりに抱えてる証拠よ?自決して幽霊になったならまだしも、そうじゃないなら…身体に戻れるものなら、戻りたいじゃない。だってコレって、ある種の「蘇生」なんだもの。
それなのに、その機会を、別の知らない誰かに奪われてるのよ?嫌じゃない?
「私は幽霊になったのに、知らないアンタがなんで私の身体を使って第二の人生歩んでんの」って…そう思うのは、普通でしょ?
…まぁ、私の場合、彼女のことを受け入れて、和解したけれど。
なんで和解できたかは、当時は悪霊になりかけてたのもあって、ちょっとだけ記憶が曖昧だけど…。ただ、私よりも短い時間しか生きれなかった彼女に、同情したのは覚えてる。
それに、幽霊の状態も考えようによっては第二の人生だしね。
身体がなくなったせいで出来なくなったことはたくさんあるけれど、身体がなくなったからこそ出来ることだって意外とあるのだから。
例えば…気兼ねなくベニテングタケを食べる、とかね。
(「亡霊廃墟」―風羅 要―)
あぁ、甘ったるい。
酒も、ツマミも、横にいるコイツの言葉も。
元から甘ったるかったのが、札束で更に甘さを増していく。
甘ったるすぎて、死んじゃいそう。
…あ、私はもう簡単には死ねないんだった。
半霊になれた時はラッキーと思ったけど、単純に呪殺で復讐するだけなら、幽霊のままでもよかったかなぁ。…半霊になっちゃった以上は、もう後の祭りだけど。
きっと、私の未練はまだまだ晴れない。この"誰かさんの身体"は、まだまだ借り続けることになりそうかな。まぁ幸い、憑依ではなく半霊化だから、いくら身体を借り続けたところで文句を言う存在はいない。
身体の持ち主さんは、きっととっくに空の上だろうからね。
「今日は本当にありがとう。初めましてなのにあんなに使ってくれたのは、君が初めてだったよ。もしまたウチに帰ってきた時は、また僕を指名してくれたら嬉しいな」
「そうねぇ、その時にあなたが別の人に指名されてないといいけれど」
「大丈夫。その時は、君の方を優先してあげるから」
「あら、そんな贔屓しちゃっていいの?」
「いいのいいの。だって君は、僕のお姫様なんだから」
「そう?ふふ、それは嬉しいわ」
営業スマイルに営業スマイルで返して、私は代金をカルトンに置いた。普段の生活だったらとても払いたくない額だけど…今回は依頼人から経費代わりに受け取った金だから、私の財布にダメージはない。
まさか、札束で殴って強さが決まる世界が、ソシャゲ以外にもあったとはね。おかげで、プライベートの時間も容易に聞き出せた。
後は適当に見計らって、依頼を遂行するだけ…。
猫の時間はおしまい。次は、虎の私と会いましょ。
(「BANDIT」―ベリー―)
あの時は…あぁ、そうだ。文化祭に向けての買い出しをしつつ、後輩とだべりながら町を歩いてたんだったな。
そんで…、なんでオレがそっちを見たかは、あんま覚えてねぇけど。本当になんとなく、道路の方に目をやって…。
黒猫と、それに気付いてないらしいダンプを見た。
気付いた時には、オレは、後輩のポケットから魔道具をひったくっていた。
魔道具に認められた所持者以外だったんで、世界の時の流れを止めることはできなかったが…時の流れを遅くすることはできた。
オレの足は最悪 轢かれてもいい。だからどうか、黒猫だけは。
俺が向かいの歩道に飛び込んだのと、ほぼ同時くらいだったか。
時間の流れが戻り、ダンプが走り去った。
夏場だったら肩でも擦りむいていただろうが、秋物のコートを着ていたおかげで、オレは負傷せずに済んだ。黒猫も…。
……いない?
まさかと思って後ろを見たが、道路に赤色は見当たらなかった。
…まぁ、猫は俊敏だし、野良猫ともなれば人間への警戒心は高いだろうからな。オレがダンプに気を取られている内に、何処かに去ったんだろう。
そうこうしていると後輩が駆け寄ってきたんで、勝手に使ったことを謝りつつ魔道具を返した。歩道に飛び込んだ衝撃はこの道具もきっと受けたはずだが、幸い傷や破損はなかったようだ。
もう道路に飛び出すんじゃねぇぜ。今回のように、誰かが助けてくれる補償はねぇんだから。
(「ティマセル学園」―天遣 空妖―)
身体が動かせなくなってきているのが、自分でもわかる。
頭の中がぼーっとして、思考をしようとしても文字がほどけて考えがまとまらない。
目の焦点も、ちょっと気を抜いただけでぼやけてしまいそうだ。
俺達は、半獣と思い込まされていた傀儡だった。あの人工結晶のエネルギーで生かされていた、とっくに死んだ人間だった。世界の平和のためとかいう建前を刷り込まれた、人工結晶を集めるための道具だった。
俺達の主だった野郎のドロドロの私利私欲にも気付かず、利用されているとは夢にも思わない、さぞ使い勝手の良い駒だったろうよ。
結晶を巡って、アンタらとバチバチに戦ったりもしたな。
俺達の負傷のほとんどは、あの人工結晶さえあれば三日足らずで元通りだ。だが、人間の負傷は…そうじゃないだろ?
お互い利用されていた者同士で、最後は手を組んで真相を暴いたとはいえ…俺達は、アンタらの身体を傷付けた存在だ。アンタらが殲滅を行っていた「怪物」と、ほぼほぼ変わらない存在だ。
そうだってのに。
消えかけた俺達を前に、なんで悲しそうにしてるんだ?
人口結晶の殲滅がやっと完了して、居残ってた俺達もようやく消えようとしてるんだぜ?散々頭を悩ませていた危険因子が消えるんだから、もっとこう、喜ぶもんじゃねぇのか。
敵に情を移したら命取りだって言うだろ?あの人工結晶の作った怪物が相手なら尚更そうだ。怪物相手に戦っていたアンタらなら、一番わかってることじゃないのか?
…いや、殲滅を完遂したアンタらだ。俺がとやかく言うのは釈迦に説法だな。
あいにく輪廻転生は信じてないもんで、生まれ変わったらまたどうのってのを言う気はないが…。
だが、人間の夢が持つパワーは、アンタらもよく実感しただろ?なら、アンタらが俺達を忘れない限りは、夢枕に立つくらいはできるだろうさ。
俺達に見られても恥ずかしくない寝顔、体得しとけよ。
(『ドロモアレース』―最後の現―)
「好奇心は猫をも殺す」なんて言うけれど。その「好奇心」は、「怖いもの見たさ」とかの意味も孕んでいたりするのかな。
ちょっと調べれば危険ってわかるはずなのに、なんでそこへ行ったのだろう。
そんなに、その姿を拝みたかったのかな。
見えたって、いいことは何も無いのに。
"彼ら"は、ある意味では自己顕示欲の塊。
見える存在が少ないからこそ、見えると分かるや近づいてくる。距離的にも、精神的にも、生命的にも。
あれ、何人いるんだろう。互いに捕食しあって、よりヤバい存在にならなければいいけれど…。
…いや、肩車している時点で、なにも良くないか。
ネコの慣用句は、「しかし物を知れた満足感で生き返った」って続くらしいけれど。
肩車しているあの人は、果たして満足したのだろうか。
(『死期折々』―月見里 珀亜の小話―)
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