ワタシ、ひとりぼっち。ママ、パパ、知らない。覚えてない。
みんなも、ひとりぼっち。ワタシのお家、ひとりぼっちがたくさん。でも、お友達、たくさん。
ワタシ、知らない人がパパになった。ワタシ、知らないパパと、次のお家に帰った。お友達、バイバイした。
新しいお家、たくさんのヒト、オリにいた。ワタシも、オリに入った。
みんな、同じオリ。せまい。あつい。くらい。出れない。
パパ、オリから出してくれた。でも、ねむくなった。ねむくなって、起きたら、ワタシの腕、知らないのになってた。オリに戻った。
ママ、オリから出してくれた。また、ねむくなった。ねむくなって、起きたら、ワタシの足、知らないのになってた。オリに戻った。
ママ、オリから出してくれた。ねむくならなかった。
ワタシ、ひとりぼっちになった。お部屋、オリより広い。あったかい。でも、くらい。出れない。ひとりぼっち。
パパ、お部屋から出してくれた。でも、ねむくなった。
ねむくなって、起きたら、ワタシの目、知らないのになってた。ねむくなって、起きたら、ワタシの髪、知らないのになってた。ねむくなって、起きたら、ワタシの腕、ヘンなの生えてた。ねむくなって、起きたら、ワタシの顔、ヘンなのなってた。ねむくなって、起きたら、ワタシの背中、ヘンなのあった。
お部屋、涼しくなった。お部屋、明るくなった。お部屋、出れるようになった。
外、知らない赤い人、たくさん。ワタシ、ねむくならない。ワタシの身体、ヘンなのにならない。お外、知らない赤い人、たくさん。
おなかすいた。ごはん、なかった。だから、赤い人、食べた。
次、ママくるの、いつ?
次、パバくるの、いつ?
次、眠くなるの、いつ?
次、ワタシの身体、ヘンになるの、いつ?
(「生命混合研究所」―継ぎ接ぎメラ―)
ワタシの首輪には、青くてキレイな球の飾りがついている。光を吸収する黒色をしたワタシと違って、光を通したり反射したりしてキラキラするんだ。
ご主人によれば、コレの中には魔力が詰め込まれているらしい。その魔力を放出すると、一時的に身体が強くなるんだとか。
そこは永久に強くなるもんじゃないの?って思ったけど…よくよく考えたら、コレはワタシの首輪の飾りにできるくらい小さい。こんなのに詰められる魔力量なんてたかが知れてるし、むしろ一時的でも身体を強くできるだけスゴイのかも?
この球はご主人が手に入れたものらしいけど、「本当に危なくなったらお前が使ってもいい」って言ってくれた。…ワタシが危なくなるなんて、そうそう起きないのにね。
だって、ワタシは影だもん。ご主人はワタシの"主"になったからワタシに触れるだけであって、他の人やモノはワタシに触れない。
ワタシを救う為に道路に飛び込んできた時も思ったけど…やっぱりご主人は面白いニンゲンだ。
ワタシが持ってたら、ご主人が使えたい時に使えなくなるんじゃないかって?
それは大丈夫。光と影さえあれば、ワタシはいつでもご主人の影に移動できる。そうしたらあとは、ご主人が自分の影からこの球を取り出して、使うだけ。
でも、もし、ご主人がこの球を使う時が来たとして。
魔力がなくなったこの球は、いったいどうなっちゃうんだろう?
壊れちゃうのかな?透明になるのかな?青いまんまかな?もしかして、キラキラしなくなっちゃったりするのかな?
いや、使ってみるまでわからないって言われたら、それはそうだけど。
でもほら、ご主人が球を使う選択をしたってことは、それほどヤバいことが起きたってワケでさ?そういうのが起きないっていうのが一番いいじゃん?ワタシ戦いとかできないし。
あとはー…そう、この青いキラキラがなくなっちゃったら、なんだか寂しいでしょ?
だからご主人、可能なら、ワタシのこの球は使わないでねっ!
(「ティマセル学園」―ベネガット―)
「祈りましょう。さぁ、祈りを。御霊に届くまで祈りましょう」
黒百合のシスターが、迷える子羊を優しく招く。
子羊達は何も知らない。世界の真理を。ステンドグラス越しの月の光の真実を。
哀れなものだ、とシスターは心の中でほくそ笑む。自分達の存在が如何に薄っぺらいものか、彼らはわかっていないのだ。…まぁ、分かるはずがないのだが。
「祈りなさい。さぁ、祈るのです。さもなくば、さらなる不幸が降りかかるやもしれません…。アナタ方に、神の御加護のあらんことを。ワタクシはそれを、一番に願っております…」
黒百合のシスターはそう告げる。神の手により迷いから抜け出した子羊を演じながら。
全部嘘です。絶望に誘う、いわば"呪文"。
…夜を一人で出歩くなんて、なんとも不用心ですねぇ。ほら、影が貴方の足を捕まえてしまったではありませんか。
おや、どうしたのです?そんなに震えて、顔色を悪くして…怯えているのですか?
あぁ…実に素晴らしい表情ですね。そうです、ワタクシが真に求めているのは、その表情、その仕草、その感情なのです。
戦慄なさい。恐怖なさい。絶望なさい。ワタクシのために。
アナタが教会で祈る対象が「救いの神」であると、なぜ信じることが出来るのです?
アナタは神の姿を視認したのですか?神の力をその目にしたことがあるのですか?当然、あるわけないですよね?
それなのに、ワタクシの言葉を鵜呑みにして、神を信ずるとは、なんて滑稽な話なのでしょう。
その神が、ワタクシのような「恐怖を貪る神」である可能性など、一切考えていないのでしょうね。
まぁ、当然と言えば当然ですね。
ペラペラな紙の世界に生きるアナタ方は、その脳みそも紙以上にペラペラなのですから。
「救いの神による旋律が、アナタを希望へ導かんことを。」
恐怖の神による戦慄が、アナタを絶望へ誘わんことを。
あの日…あなたは、私にプロポーズしてきましたね。初対面で、名前くらいしか自己紹介をしていないような状態なのに、「一目惚れだ」と私に告げて。あなたの熱意に流されるまま、私はそれを承諾しましたね。
最初は半信半疑でした。遊ばれてるって思っていました。けれど、あなたは変わらず私に愛を向けてくれて…いつの間にか、私もあなたの事を愛していました。
あなたとその仲間達のところへ、私はよく遊びに行っていましたね。もちろん、その逆もありました。あの時のお食事会…「宴」と言うんでしたっけ。酔い潰れた幾人かが、酒を飲ませようと私を追いかけてきたのも、そうはさせまいとあなたが躍起になってくれていたことも…ふふ、今ではいい思い出です。
あなた達と私達の間で、新たに2組の恋人も生ましたよね。片方がすんなりいったのに対し、もう片方はかなりの紆余曲折がありましたね…。うですがその分、あの二人の愛は非常に固く繋がったものになったように私は思いました。
そんな事実を、私以外のみんなから奪い去るのは。
あなた達という存在を、なかったものにするのは。
とても身勝手で、非道的で…許されることでは、ないのでしょう。
けれど……ごめんなさい。
穢れた神に壊された、あなたの心を治す為には。
あなたを媒介に、あなたの仲間達にまで伝染してしまった狂気を、なくすためには。
あなた達が、あの穢れた神の糧になるのを止めるには…もうこれしか、方法がなかったのです。
ごきげんよう、私の愛しい人。
おやすみなさい。
(「▒▒▒▒▒」―銀の炎が消えた時―)
空島から地上を見下ろしてみる。
緑色の木々の中に、赤茶や黄色が混ざっているのが見えた。
人間世界で言うところの、「秋」だろうか。
空島の気候は、基本的に変わらない。カレンダーを見るか、こうして地上を見下ろさなければ、季節の移り変わりがわからないのだ。
だが、季節の変化がないことを、私は寂しいとは思わない。
私の故郷が、雪の溶けることのない、山の上だったからだろう。
だから、あの滑落事故も。
私の中では、人間世界で言うところの「冬」の出来事だった。だが、実際は…私が見た新聞が間違ってなければ、「春」の出来事だったらしい。
…正直、この空島を離れるのは、今でも少しだけ怖い。
私がいない間に、空島が何者かに襲われてしまったら。ようやく見つけた居場所を、あの日と同じように失ってしまったら。…そんな不安が、頭をよぎる。
それでも…私は、空島の仲間達を信じている。
彼らの強さを、時間をかけて少しずつ…心で、理解していったから。
命日に則って花を添えるなら、白くなった大地が再び緑を取り戻した頃に戻るべきなのだろう。
だが、私達は雪鳥だ。氷と雪の世界で、雪と共に生きていく。
私達は雪と共にある存在だ。
空島から見下ろす地上が、白一色に染まったら。
花を片手に、私はそこに戻ろう。
雪に導かれて、皆が再びそこに戻ってきていると…そう信じて。
(「空島」―雪に手向け―)