白糸馨月

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10/29/2024, 11:41:53 PM

お題『もう一つの物語』

 あまり好きではない乙女ゲームの『悪役令嬢』に転生した。
 ある日とつぜん思考が降りてきて、前世の記憶が走馬灯のように私の脳内をかけめぐったからだ。
 この世界はゲームの世界で、私は主人公の恋路を邪魔する悪役としてたびたびゲームに登場する。
 絵柄が好みだから買ったゲームだ。かわいいヒロインに、彼女をかこむ周囲のイケメンたち。だが、いざゲームをやってみるとシナリオはひどかった。主人公は主体性がなく、ただ立っているだけで周囲から攻略相手が寄ってくる。全員、そんな主人公に甘い。
 私は、そんな主人公に苦言を呈したり、私の婚約者である攻略相手にも進言したりしている。だが、ゲーム内ではそれを「主人公イビリ」と呼ばれる有様。プレイしていた時、この悪役令嬢だけはマトモだったなとはっきり思い出す。
 ゲームの通りに行くと、これから私は、女にだらしない婚約者に言い寄られる主人公に「あいつはやめたほうがいい」と言いに行っただけなのに、急に私が悪役にされて、いろいろあって追放されるのだ。
 なんとしてでも、主人公や婚約者、他の攻略キャラとされてる男とちゃんと話をしないといけない。私がこのゲームのもう一つの話を作ろう。そう誓ったのだった。

10/28/2024, 11:36:25 PM

お題『暗がりの中で』

 文化祭の出し物で、おばけの役をやることになった。でも、オレ、おばけ苦手なんだよ。
 小学校の修学旅行でやった肝試しなんて、女子の後ろに隠れながら叫びまくってたのは黒歴史。以来、テーマパークのお化け屋敷なんて入れないし(それで友達に無理矢理中に引っ張られて泣きを見た)、ホラーゲームなんてプレイできない。配信見てるだけできついからだ。
 そんなオレがおばけ役をやることになった。なんでも文化祭実行委員兼リーダーである友達に『オマエがおばけやったら絶対に面白い』って言われてクラス中がそういう雰囲気になったから。
 オレは、しぶしぶメイクが得意な女子からの特殊メイクをほどこしてもらって、自分の顔が顔が半分焼けただれて溶けてるゾンビみたいになってて、自分で鏡みて思わずひっと声をあげた。友達がニヤニヤしながら「やっぱ最高じゃん」と言いながらこっちを見てきて、「くそぉ」という気持ちになりながらも配置につく。
 暗いカーテンの中からおどかすって役どころなんだけど、そこがもう暗くて暗くてオレのほうが震えてる。
 そうこうしているうちに最初の客が入ってきた。別のクラスの女子二人だ。それでも暗がりのなかに人がいるという状況がすでに怖い。
 その子達が目の前に来た途端、オレは「ウワァァァ」とゾンビっぽい声を上げながら出てきた。その瞬間、女子達が悲鳴をあげる。その悲鳴が怖くて俺も「イヤァァァァァ!」と悲鳴をあげる。
 その後もそういうことが繰り返され、気がつくと一日目があっという間に過ぎていった。
 2-Bのお化け屋敷すごく怖いね、おばけも叫ぶんだよって噂が聞こえてきたけど、オレからしたら客も怖い。本当に怖い。だって暗いところから急に人が現れるんだよ?
 放心状態になっているオレに友達が肩に手を置く。
「大盛況だった! 明日もよろしく!」
 ばしんっと肩を叩かれ、オレは明日も続くという事実に膝から崩れ落ちた。

10/28/2024, 2:34:04 AM

お題『紅茶の香り』

 どうしてか紅茶の香りが昔から苦手だった。
 遠い昔に母親が金持ちとの間に俺をもうけて、それからいろいろあって親子ともども捨てられた。
 それでも母親は、金持ちに貰われたという過去が自慢なのか、それともすがっているのか、団地の室内を金もないのにまるで判を押した金持ちのような内装にし、事あるごとに紅茶をいれるようになった。
「これは、パパが好きな紅茶よ。とても美味しいの、パパが言うのだから」
 と言っても、正直友達のところで飲んだリプトンの紅茶との違いが分からなかった。
 それでも母親は、紅茶の香りただよわせる部屋で
「いつかパパが迎えに来てくれるわ」
 と言い、ずっと窓の外を眺めている。その痛々しい姿と紅茶の香りが俺の脳裏に焼き付いて、だから苦手だった。
 
 そんな俺も高校を卒業して、家にお金がないから就職して、何年も帰らないでいた。だけど、結婚するってなって、さすがに実家に帰らざるを得なくなって十年ぶりに帰ってきた部屋は相変わらず紅茶の香りで埋め尽くされていた。
「あら、おかえりなさい。貴方」
 最近、母親はボケてきて俺のことを捨てた父親だと勘違いしている。
「貴方の好きな紅茶淹れておいたわ」
 そうやって無駄に金をかけた白磁のポットを手に白磁のカップに紅茶をそそぐ。紅茶の赤茶色の液体から湯気があがり、いつもの香りで充満されていく。
 俺は無言でそれを飲む。やはり味は昔飲んだリプトンと変わらない。俺は俺のことを父と勘違いしている母親にどう結婚の話を切り出すか、味の違いも分からない紅茶を飲みながら考えていた。

10/27/2024, 5:34:28 AM

お題『愛言葉』

 要人の娘――メアリーの護衛を始めてから一ヶ月が経つ。最近、彼女の様子がおかしい。
 彼女が危害に遭わないよう、行動を共にしていない時は、見張りの仲間を置いた上でシェルターに匿っているが俺が帰ってくると必ず合言葉を求められるようになった。
 最初は、誰が来ても用心深くいることはいい心がけだと思ったが、だんだん合言葉というには違和感を覚えるものばかりになっていった。
 最初は、『貴方の護衛対象は?』と聞かれて『メアリー』と答えれば入れてくれたが、
『絶対に守りたい存在の名前は?』とか『もう我慢できない、はなしたくない女性の名前は?』とか……しまいには、『メアリー、お前を愛してる。だから、いれてくれって言って』まで悪化してきてこうなるとさすがに頭が痛くなってくる。
 見張り番の護衛に「なぜこうなったのか」と聞いても「どう考えてもそうなるでしょ」と取り合ってくれない。そういえば、一度メアリーが暴漢に攫われそうになった時、とっさに奴の手から彼女を引き剥がして敵を倒したことがある。その時から合言葉を求められるようになった。だが、俺は俺の仕事をこなしただけだ。
 さて、上に彼女の状況を報告し、要人の様子を聞いたところでメアリーのところに戻るとしよう。
 シェルターの扉の前に立ち、カードキーを通す。カードキーの上に小さなモニターがあり、メアリーがうつっている。メアリーは金の巻き髪を指にからませながらなぜか左右に体を揺らしている。最近こういう仕草をよくとるようになった。
『ただいま、愛しのハニー……って言って』
 これが合言葉なのか、と頭をかかえため息をつきながらしぶしぶ
「ただいま、愛しのハニー」
 と言った。メアリーは、すこし不服そうな顔を浮かべたが扉が開く。メアリーが俺を出迎えて抱きついてくる。
「甘さが足りないけど、仕方なさそうに言ってるのもポイント高いから合格! お茶にしましょ、ジェームズ」
 最近、こういうことが多い。ただでさえ、命を狙われているのだから守らないといけないのに仕事には不要な『年頃の女性に抱きつかれて平常心でいられない』という問題もついてくるようになった。
 俺は呆れながらメアリーのお茶に付き合うことにした。お嬢様育ちの彼女が慣れない手つきで淹れてくれた紅茶は相変わらず渋かった。

10/26/2024, 3:59:48 AM

お題『友達』

 俺は魔法で自分の分身を三体ほど作り出した。それぞれに違う服を着せて、違う帽子をかぶせる。
 これから俺が行くのは、テーマパークだ。ジェットコースターも観覧車も、メリーゴーランドも、お化け屋敷も楽しめる。こういうところに行くのに一人じゃさすがに浮くからだ。
 卒業前に学年全体でテーマパークへ行くっていうのがあって、俺はクラスに友達が一人もいない。誰からも誘いがかからない。だからこうして自分の分身を錬成している。
 テーマパークの前まで来て、俺は気合を入れる。魔法の勉強ばかりで、『友達は勉強の邪魔だ』と親に言われて育ってきた。こういうテーマパークも実は行ったことがない。
「よし、行くか」
 と俺が言うと、異口同音に俺の分身が同じセリフを口にし、同じように頷く。この時点で雲行きが怪しくなる。
 それでも気にしないようにしながら先へ進む。
 最初はメリーゴーランドだ。と、ここで問題が発生する。
 なんと、同じ馬に四人で乗ろうとしたのだ。俺はどうにかして、一人ずつ係員の人と協力しながら引き剥がして一人一体ずつ馬に乗せる。俺達のことを笑いながら写真におさめようとする者が何人かいたが、気にしないようにした。
 ジェットコースターに乗るときも同じ現象が起きた。ジェットコースターは楽しめたが、まったく同じタイミングで同じ叫び声を上げられるのはなんとも言えない気分だ。
 そのあと、お化け屋敷へ行った。ここで俺は怖い場面に来たら自分の分身に守ってもらおうと思った。だが、結局皆、『俺』なのだ。皆して、誰かを盾にしようとしながら進んでいく。おかげで相当時間がかかったし、怖さも何倍にもなった。
 疲れた俺は四人で観覧車に乗る。お互いに顔を見合わせ、まったく同じタイミングで頷く姿を見ながら
(もっと魔法の精度をあげるか)
 と反省したのだった。

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