白糸馨月

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9/18/2024, 11:42:22 PM

お題『夜景』

「次、どこ行きたい?」
 って彼女に聞いたら「工場夜景が見たい」と言われた。ビルから見えるのでもなく、観覧車から眺めるのでもないのもあるんだと思った。
 チケットを二枚分とって、当日、意外と人がいるエリアから船に乗り込む。
 彼女が「窓際行きなよ」って言ってくれたので、僕は言われたとおりにする。夜景が見たいと言ったのは君だけど、僕が窓際でいいのかなと思う。
 それからまもなくして船が出発する。僕と彼女は持ち込んできたお酒とおつまみを食べながらガイドさんの話を聞いていた。
「御覧ください、あそこにあるのは」
 ガイドさんの掛け声で僕は窓に目をやる。
 そこにはいくつも煙突があり、クレーンが見えている。それらが夜で見やすくしているのだろう、ピカピカ光を放っているところがある。それらが川に浮かんでいる、その光景に僕は目を奪われ、気がつくとスマホを手に写真をとりまくっていた。
 青く浮かび上がる煙突とかとてもきれいだし、時折炎を吐き出しているところなんかは迫力満点だった。
 と、夢中になって、「はっ」となって、思わず彼女を見る。彼女はにやにやしていた。
「え、なに……」
「いやぁ、工場夜景行って良かったなぁって」
「君は夜景見なくていいの?」
「んー? 夜景はべつに。ただ、君はすごく興味あるだろうなって思ったし、案の定じゃない」
 そう言われて、僕はなんだか気恥ずかしくなって窓の外に再び視線を向ける。
 照れている顔を彼女に見られたくなくて、僕は工場夜景を写真に撮り続けていた。

9/18/2024, 3:43:28 AM

お題『花畑』

 いつのまにかどこかの草原にいたようだ。青空の下、あたり一面赤とか黄色とか青とかの花が咲き乱れていて、花びらが風に舞っていて、思わず目を奪われた。
 しばらく立ち尽くしていると、「おーい」と俺を呼ぶ高い声が聞こえてくる。
 振り返ると、まっしろなワンピースを着た嘘みたいに可愛い女の子がいた。
「君は?」
「私は花の妖精、ねぇ、一緒に遊びましょ」
 いつのまにか俺のちかくに来ていたのだろうか、彼女は俺の手を取ったかと思うとお互いに腕をつかんで、意味もなくあははと笑いあった。なんだか幸せだし、楽しい思いをしていた。

 肩を揺すられて目を覚ます。薄目をあけ、まばたきを繰り返す。ここは教室で、クラスメイトの視線が俺に集まっている。よりによって男しかいない。いつものむさ苦しい景色だ。
 教壇に立っていた先生が笑いながら
「おぅ、起きたか。幸せそうにウフフアハハ笑ってるとこ悪いが、教科書を読み上げてくれ」
 と言ってきた。その瞬間、クラス中が笑いに包まれる。となりの席のやつがニヤニヤしながら、教科書の読む場所を指し示してくれている。
 夢からさめた残念さと、それが周囲に伝わってしまったことによる恥ずかしさから感情がぐちゃぐちゃになりながら、教科書を読んだ。情緒が複雑になりすぎて内容が頭に入ってこなかった。
 それからしばらくの間、俺のあだ名が「笑い袋」になったのは言うまでもない。

9/16/2024, 11:26:29 PM

お題『空が泣く』

 ドラマを見ながらふと思う。
 登場人物に悲しいことが起きたり、登場人物が絶望を感じたり、今しがた死ぬってなった時になんで雨が降るんだろう、と。
 たとえば涙を雨で隠したり、泣けなければ代わりに泣いたりでもしてるんだろうか。悲しみを演出でもしてるんだろうか。
 いずれにしても天候が登場人物に寄り添ってくれるなんて、まだやさしいよなぁと思う。
 現実はそうはいかない。
 たとえば、日常生活でいやなことがあっても、悲しいことが起きたとしても、天候はたかが一人の身に起きた境遇に左右されない。
 そう思いながら私は今、登場人物が雨に打たれながら死に行く場面をテレビごしに見ている。拳銃に打たれた頭から血が流れて、雨がそれを流していく。
 それをなんの感情も湧かない目で視聴者の私は見ている。
「登場人物が泣きたくなるような目に遭って、ひとり晴れわたる空の下をうつむきがちにふらふら歩いても、誰の目にもとまらない話はどうだろう」
 とか
「白昼堂々登場人物が殺されたとして、空は晴れているのに誰からも気づかれないまま死を迎えるのは、より絶望的じゃないか」
 とか、いろいろ妄想してしまうのだ。

9/16/2024, 2:17:37 AM

お題『君からのLINE』

 となりに住んでる男子がいた。彼とは幼稚園から高校までずっと一緒だった。
 小学四年くらいから、私と彼は秘密のやりとりをしていた。ある時、彼の方から二つのコップを糸でつなげたものを投げてよこしてきて、そこから私と彼とのやりとりが始まった。男女二人が教室で話しているだけでまわりの男子や、それに追随する女子がはやしたてるようになったからだ。
 私たちは教室ではほとんど関わらなくなった。そのかわりに糸電話でつながっていた。
 お互いにいろいろ話した。教室の話、テストの話、親の話、部活の話など。なんでも話した。
 だけど、お互い恋愛のことについては話せなかった。「好きな人いる?」と聞いて「いる」と言われるのが怖かったからだ。向こうからも恋愛について聞かれることはなかった。
 高校を卒業して、彼が一人暮らしを始めることになって糸電話は途絶えてしまった。正直、とてもさみしかったが仕方ない。糸電話で話すことに夢中でそういえばお互いスマホを持っているのに連絡先を知らなかった。

 夏になって、彼が帰ってきたと母から伝えられた。もう糸電話で話すことなんてないなぁ。そう思っていたら、帰ってきた夜に窓の向こうから「おーい!」って声が聞こえてきた。
 私は窓を開けると、またコップが投げ込まれてくる。窓の向こうにいる彼はすこし垢抜けている気がした。テレビに出てくるアイドルみたいな見た目ですこしドキドキした。
 コップを耳にあてると、いつもの彼の声が聞こえてくる。
「あのさ、LINE教えてくんね?」
 顔を上げると、頰を赤らめて照れくさそうにしているの彼の姿が目に入った。
「いいよ!」
 と私は言い、口頭でIDを教えた。それからしばらく間があいて、一件の通知が来た。彼からだった。
 私は嬉しくなってスタンプを返した後、「ありがとう!」とコップごしに伝えた。しばらく彼を見ていたら、やはり彼は照れくさそうに
「今日はこのへんにしとこ?」
 と言って、私の手にあったコップをひったくるかのように自分の手元へ戻した。
 閉じられる窓の向こうを見つめて、今度はLINEでやり取りする。
「そっちどう?」
「人多くてときどきしんどいかも」
「そのわりに染まってんじゃん、東京に」
「こうしないと浮くんだよ、大学で」
「えー。入るコミュニティ間違えてない?」
「べつにいいだろ、楽しそうだと思ったんだから」
 こういうやりとりがしばらく続いた後、彼から
「また糸電話の時みたいに、こうやってやりとりしていい?」
 と聞いてきた。私はそのメッセージを見た時、嬉しすぎて口角が上がって思わず「いいよぉ」と書いてある気持ち悪く描かれたおじさんのイラストのスタンプを送ってしまった。
「なにそのスタンプ、きめぇ」
 って言う彼に私はケラケラ笑った。

9/15/2024, 3:04:28 AM

お題『命が燃え尽きるまで』

「命燃え尽きるまで、がんばろー!」
 運動会のクラス対抗応援合戦の前、クラス全員で円陣を組み、クラスの目立つ女子が声を張り上げた。皆もそれについていくように「おー!」と歓声をあげる。
 だが、私は『運動会ごときで命を燃やし尽くすな』とつっこまずにはいられなかった。私一人だけそれに参加してないことがバレないように口パクだけで合わせた。
 クラスの目立つ男女がてづくりのきらびやかな衣装を着ているうしろで、その他大勢の私達がポンポン持って踊る。正直、やる気はないし、クラスの結果がどうなろうと私にとっては知ったことではない。クラスの目立つ奴から私がなんとなくバカにされていることが分かるからなおさら協力する気なんてない。
「めんどくせぇ」
 とこぼす私の横から「だよな」と声が聞こえる。私と同じようにやる気ない奴がいたんだと思う。そいつは、顔がいいだけで目立つグループにいたが、最近なんかあったのか一緒にあいつらとつるまなくなったクラスメイトだった。
「あいつら、自分達が目立ちたいだけなんだよ」
「そう、そうなんだよ!」
 私は思わず小声で同意した。この男、こんなに陰気だったかと思うと同時に親近感がわく。
「あいつらのことだから、自分たちだけで気持ちよくなってるだけだわ、マジできしょい」
「へぇ、君ってそんなこと言うんだ」
「言う言う、だってあいつらウザイし」
 そうこう言っているうちにパフォーマンス開始を告げるホイッスルが鳴る。私達はさすがにクラスの和を乱す勇気がないので、テキトーにちゃんとやってますよ風を装った。
 だから、余計なことを考える暇があるんだろう。
『こいつともっと話がしたいなぁ』
 気のせいかちょっと視線を感じる。こいつも同じ考えだと嬉しいなと思ってしまった。

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