白糸馨月

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3/8/2025, 2:44:24 AM

お題『ラララ』

 実家へ向かう駅の階段を降りていく時点でアコギのうるさいほどの生演奏と絶妙に音程が外れている歌声が聞こえてくる。
 あぁ、今日も隣の家の幼馴染(自称ミュージシャン)が歌ってるんだと分かる。
 だが、実家に向かう道のりはこの階段を降りるしかなく、仮にエレベーターを使ったところで彼から姿が見えるのは明白。
 私は仕方なく階段を足早に降りていく。
 幼馴染の曲は知っている。聞いてもいないのに「新曲出した」と言って感想を求めてくるから。もうすぐ一番聴くに堪えないサビがやってくる。
 私は駅から出た瞬間、走ろうとした。が、
「Hey,Baby! そんなに急いでどうしたんだい!」
 と声をかけられてしまった。ここでサビ前に客を煽るやつをいれるな。観客0人のくせに。あぁ、ここで目が合ってしまった。
 あえて遠くから見ていると、なんと彼がこちらに近づいてくるではないか。しかも肩を組まれた。
 あぁ、曲が盛り上がる。もうすぐ来る。
「らぁーらぁーらぁー」
 だから跳ね上げるなよ。しかも無理矢理横に揺らそうとするな。でもさすがにつかまれたらもう逃げられない。
 彼と一緒に揺れる私。私たちに一瞥もしない通行人。
「ら、ら、らぁー」
 一緒に歌いながらもう私は諦めの境地に立っていた。

3/7/2025, 9:56:42 AM

お題『風が運ぶもの』

 外出たらクソ寒かった。おまけに風が冷たい。
 ダウンジャケットを着ているとはいえ、こごえながら歩いていると前から紙が飛んできて顔にはり付いてきた。
(なんだ、ごみかよ)
 そう思って顔からはがすと、それは某ファーストフード店のクーポンがついたチラシだった。このクーポンを使えば半額になるらしい。
 今日はそのファーストフード店でセットを買おう。夕食のこんだてを考えずにしかも安く済む。寒空の下をスキップしながらその店へ向かった。

3/6/2025, 3:45:37 AM

お題『question』

 授業とか職場の懇談会最後とかでも、わりと困ることがある。
「質問は?」
 本当にある場合ならいい。だが、マジで誰も手が上がらない時、これがひじょうに気まずくてやっかいだ。
 司会者が視線を送るたび合わないようにする、もしくは合わないようにするとかえって当てられることがあるからこの攻防戦がやっかいだ。そこですぐに終わってくれるならまだいいが、終わらせてくれない人もいてそれがさすがに苦痛。
 だが、質問して盛り上がる時もあって、その内容が自分に関わりのないことだと「はやく帰りたい」になる。
 あとは自分が司会者側の立場に立ったことがあるのだが、自分が質問する側でなにも手が上がらない時のしんとした感じがなかなか気まずいけどどうにか切り上げられる。だが質問が盛り上がった時のほうがやっかいで、いつ会議を終わらせようとなる。
 いかなる場合でも「質問」って難しいものだと思う。

3/5/2025, 3:50:48 AM

お題『約束』

 物語上の約束っていろいろあって、一番多いように思うのは『死亡フラグ』だと思う。
「俺、この戦争が終わったら彼女に告白するんだ」
 だの
「俺、戦争から帰ってきたら彼女に結婚を申し込むんだ」
 だの。
 だいたいそういう時って、帰らぬ人になっていたりする。
 ところで、私が好きな約束の使われ方がある。
 魔法使いの約束っていうアプリなんだけど、作中での「約束」の扱われ方が魔法使いにとって残酷で好きだ。死ぬわけじゃないのに残酷なのだ。
 約束を破った魔法使いは魔法を使えなくなる、だから約束は軽々しくしないし、一度約束してしまったらそれを一生守り続けなければならない。しかもこの作中世界の魔法使いは長命だ。それもあいまってなかなかに残酷で好きだ。

3/3/2025, 11:44:32 PM

お題『ひらり』

 街で決闘がされる。しかも公開試合だ。
 他の野次馬と同じく、僕もその試合を観戦することにした。
 屈強なトロールのような見た目をした冒険者の相手は、やせっぽっちの優男だ。冒険者は頑丈な鎧に大きな斧を持っているのに対し、優男は軽装に小型のナイフだ。鎧なんて身につけていない。
 あぁ、勝ち目がないなと僕は思う。内心は優男に勝ってほしい。冒険者の方はうちの店に来て毎回無銭飲食してくるからだ。それを注意したことが一度あって、その時は仲間たちによってタコ殴りにされた。しばらく包丁が握れないくらいに。
 さて、試合開始の合図が見届人によって声高らかに宣言される。
 冒険者の方が先に出た。勢いよく斧を振り回す。あーあ、やっぱ強いかぁ。
 そんな時だった。
 優男がその場でジャンプして、ひらりと前方宙返りをした。それだけじゃない。もうすぐにナイフを構えていて気がついた時にはその冒険者の首、それも鎧で覆われていないところをめがけて攻撃した。
 一撃だった。冒険者がその場で膝をつき、前に倒れたのだ。あっけなかった。
 首から血が流れていないとはいえ、まるで死んでるみたいに倒れている。
 審判が困惑気味に優男に話しかける。優男は言った。
「死んでない。すぐに目を覚ますだろう」
 事実、冒険者は指先をぴくつかせている。周りがどよめきに包まれる中、優男は人ごみをぬっていつの間にかいなくなってしまった。
 今のを見て、僕はなぜだか希望に似た感情が胸にこみあげてくるのを感じた。

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