お題『愛言葉』
要人の娘――メアリーの護衛を始めてから一ヶ月が経つ。最近、彼女の様子がおかしい。
彼女が危害に遭わないよう、行動を共にしていない時は、見張りの仲間を置いた上でシェルターに匿っているが俺が帰ってくると必ず合言葉を求められるようになった。
最初は、誰が来ても用心深くいることはいい心がけだと思ったが、だんだん合言葉というには違和感を覚えるものばかりになっていった。
最初は、『貴方の護衛対象は?』と聞かれて『メアリー』と答えれば入れてくれたが、
『絶対に守りたい存在の名前は?』とか『もう我慢できない、はなしたくない女性の名前は?』とか……しまいには、『メアリー、お前を愛してる。だから、いれてくれって言って』まで悪化してきてこうなるとさすがに頭が痛くなってくる。
見張り番の護衛に「なぜこうなったのか」と聞いても「どう考えてもそうなるでしょ」と取り合ってくれない。そういえば、一度メアリーが暴漢に攫われそうになった時、とっさに奴の手から彼女を引き剥がして敵を倒したことがある。その時から合言葉を求められるようになった。だが、俺は俺の仕事をこなしただけだ。
さて、上に彼女の状況を報告し、要人の様子を聞いたところでメアリーのところに戻るとしよう。
シェルターの扉の前に立ち、カードキーを通す。カードキーの上に小さなモニターがあり、メアリーがうつっている。メアリーは金の巻き髪を指にからませながらなぜか左右に体を揺らしている。最近こういう仕草をよくとるようになった。
『ただいま、愛しのハニー……って言って』
これが合言葉なのか、と頭をかかえため息をつきながらしぶしぶ
「ただいま、愛しのハニー」
と言った。メアリーは、すこし不服そうな顔を浮かべたが扉が開く。メアリーが俺を出迎えて抱きついてくる。
「甘さが足りないけど、仕方なさそうに言ってるのもポイント高いから合格! お茶にしましょ、ジェームズ」
最近、こういうことが多い。ただでさえ、命を狙われているのだから守らないといけないのに仕事には不要な『年頃の女性に抱きつかれて平常心でいられない』という問題もついてくるようになった。
俺は呆れながらメアリーのお茶に付き合うことにした。お嬢様育ちの彼女が慣れない手つきで淹れてくれた紅茶は相変わらず渋かった。
10/27/2024, 5:34:28 AM