お題『カレンダー』
パソコンのカレンダーを見ながら私は焦る。
明日は推しの誕生日。深夜〇時をまわった瞬間に投稿して、波に乗らなければならない。
だけど、推しのイラストはあと一歩のところだ。できるだけ時間をかけたくて二週間前から始めている。
時折、残業と疲れに邪魔されながらあとは仕上げという段階に来ている。
これまで道のりは平坦ではなかった。推しの顔がかわいく描けなくて何度も描き直したり、ポーズやらシチュエーションやらが描くのに高度な技術がいるし、背景まで描いているものだから自分で自分の首をしめているようなものだった。
でも最高な推しの誕生日を祝いたいから、私も可能な限りこだわりたいのだ。推しに喜んでもらえるように。
けれど時間は二十三時を回り始めている。塗り残しがないかどうか、ミリ単位で確認して文字もイラストから浮かないようにして無断転載対策にクレジットも邪魔にならないところにいれて、何度も何度も確認を重ねて投稿を待つだけになった。
私はツイッターを開いて、今年の推しの誕生日タグと、イラストを添付して〇時を待つ。
五、四、三、二、一……〇時になった瞬間に投稿ボタンをクリックした。
タグを開くと私と同じことを考えているフォロイーさんの絵がたくさん目に飛び込んでくる。
私の絵にもいいねとリツイートがされつつあって、ふと、ある通知に目が行って思わず口角があがる。
推しがいいねのみならず、リツイートしてくれたのだ。
私はよっしゃぁ! とガッツポーズして、いいね欄とリツイート欄にいる推しのアカウント画像をスクショした。
お題『喪失感』
何年も受からなくて、それでも必死になって頑張って勉強し続けた資格試験にようやく合格した。
心臓がうるさいほど鳴り続ける中、僕は精神的なダメージをできるだけすくなくするために落ちた時の振る舞い方のシュミレーションをして合格発表をスマホで見ていたら、自分の番号を見つけた。
両腕をおもいきりふり上げて「よっしゃー!」と叫んだ、と同時に心にぽっかり穴があいた気分になる。
我に返った僕はゆっくりと腕をおろした。
「そうか、ここ何年もずっと、勉強以外してないな」
床を見つめてぽつり、呟く。僕はベッドの上に転がると、スマホを見始めた。
『新しい趣味 おすすめ』と検索エンジンに打って、ボタンを押す。すると、何件も検索結果が出てくるではないか。
僕はこの中で一番上に出てきたページを開くと、『旅行』という文字が目に入ってくる。
今まで、友達としか行ったことがないし、最後に行ったのは学生時代か。そういえば時々会う友達に一人旅はいいぞ、とすすめられたことがある。
旅行なんて慣れてないし、一人ならなおさら怖い。だが、僕ももういい年だ。そんなことを言ってられないだろう。
なんとなく興味がわきそうな温泉地を検索し始める。その時、僕は心にあいた穴がじょじょに埋まっていって、むしろ高揚感すら覚えるようになっていった。
お題『世界に一つだけ』
この世に『私』は一人しかいないと思っていた。学校帰りに自分と瓜二つの人間の姿を見るまでは。
私が彼女と出会ったのは、電車の中だった。田舎だからいつもどおり一つの車両につき、二人くらいいればそれが普通だった。
『ドッペルゲンガーに会ったら、近い内に死ぬ』
という噂を友達から聞かされていたけど、正直そんなのは迷信だと思う。が、その一方で相手も私に気がついたようで、失礼なことに「ひっ」と声を上げていた。
私は思わず声をかけてしまった。
「怪しい者じゃないですよ」
と。そうしたら彼女は
「でも、ドッペルゲンガーに会ったら近い内に死ぬって友達に言われて」
と返してきた。次の駅までまだ時間がある。彼女はどうにも居心地悪そうだった。
「では、お互いに生存報告しましょうか?」
「生存報告?」
「えぇ。正直自分に似た人間と出会ったら死ぬ、なんておかしな話じゃありません?」
「た、たしかに……でも」
「初対面の人と連絡先交換するのは怖い、ですか?」
その言葉に自分に似た少女は頷く。まぁ、普通知らない人に急に話しかけられたら誰でもそうだよなぁと思いつつ
「でも私、本当に怪しいものではないんですよ。私、〇〇高校に通ってる加賀美と申しまして」
「あ、はい。加賀美さん」
「それで、私のLINEのアカウントはこちらになります。追加していただければ、連絡とるかどうかはそちらにお任せしますので」
「あ、はい」
そうこうしているうちに次の停車駅が来た。彼女は立ち上がって
「あ、私はここですので」
と、降りていった。もしかしたらいきなり知らない人に話しかけられて怖かったからかな、と思いつつ、私は自分に似た人間に向かって手を振った。
その夜、彼女から連絡が来た。彼女も「嘉神」というらしい。こんな偶然があるものかと思わず笑みがこぼれる。
それから十年ほど経つ今、私達は未だに連絡を取り合っている。さすがに毎日ではなくなったが、お互いの無事を確認し合っては私は実感する。
ドッペルゲンガーに会っても、べつに死なないよと。
お題『胸の鼓動』
暗い洞窟のなかを息を荒くしながら、今、まさにゴブリンの集団から逃げている。
心臓が痛いほど早く脈打って、息が苦しくて、足を止めたら最後、なぶり殺されてしまうから逃げている。
正直、なめてたんだ。このダンジョンに入るまでは。
ゴブリンなんて最弱に数えられるモンスターだから、楽勝だと思ってた。だけど、実際はこちら三人に対して、ゴブリンは三十匹くらいいて、ずる賢いから連携プレーが上手く、一人はゴブリンに集団でなぶり殺しにされて、もう一人はゴブリンの集団の中に暗がりのなかに引きずられていってしまい、その後叫び声が聞こえる以外はどうなっているか分からない。
ひたすら逃げているけど、しつこいことに何匹かまだついてくる。
武器はなめていたということもあり、練習用の短剣しか持ってない。魔法も実は得意じゃない。
今、持てる武器を駆使し、時折足止めしながら牽制は出来ているがもう限界が近い。
「ゴブリンにやられて死ぬとか、一生の恥だ。でも、もう無理かも……」
そう思った瞬間、目の前に屈強な体格の男が突如として現れた。
あ、終わった。
思わず足をゆるめた瞬間、襟をつかまれたかと思えば前方に投げ出される。
振り返ると、俺が通ってきた道が火の海と化していた。追ってきたゴブリンはみな灰となっている。屈強な体格の男だけが残っている。
男が近づいてくると、炎のおかげで顔が見えた。よかった、人間だ。
「お前もゴブリンをなめていたクチだろう。戦い方を教えてやる。ついてこい」
そう言って男は、俺に背を向け、俺がたどってきた道を行き始める。
このまま逃げても良かった。だが、ゴブリンをなめていたのは事実だ。ゴブリンをなめていたからこそ、仲間が犠牲になったのだ。
「ま、まってくれ!」
俺は立ち上がって、男の後を追い始めた。
お題『踊るように』
弟が通っている高校では年に一回、クラスごとに演劇をやらなくてはいけない。
私はさすがに見に行くことはないし、弟も「見に来なくていいから」と言っているが、両親はこっそり見に行っては毎年弟の勇姿を撮影しているらしい。
だけど、映像を見た私からしたら弟が目立つ配役になったことなどない。一年の時は村人のうちの一人、二年の時はセリフがないバックダンサー。
文化祭本番の夜、偶然家にいた私は帰宅した親を迎えた。母は目を潤ませて「感動した」と言っている。父も腕を組みながら母に同意している。
弟のなにが両親にそんな衝撃を与えたのだろう。
「で、今年も録画したの?」
「もう、バッチリ」
そう言うと両親は、録画していたカメラをテレビにつなげてさっそく再生し始めた。どうやら、演目は人魚姫を題材にしているらしい。
しばらく見ていると、人魚姫に出てくる魔女が現れた。両側に四人の男――いや、緑色の全身タイツで頭部にワカメを模したかざりをつけた男たちがひかえている。
私は思わず吹き出した。そのなかの一人に弟がいた。しかもこちらから見て魔女の左側に。笑ってたら母に「一生懸命やってるんだから!」と一喝された。
スポットライトが魔女に当たったかと思うと、低めの声で歌い始める。歌は正直高校生にしてはものすごく上手い。だが、私は両側のワカメに扮した高校三年生の図体がそこそこ大きな男たちが両手のひらを重ねて上にまっすぐぴん、と伸びながら、一斉に体を揺らし始めた方に目が行く。というか、全身タイツに身を包んで体をくねくねゆらす弟にどうしても目が行く。せっかくのかっこいい女性の歌声がまったく耳に入ってこない。
口を両手でおさえながら必死になって笑いをこらえている私の横で、
「あぁ、高校生活で一番いい動きをしているわ!」
「いいぞ、その汗!」
など、どっかのCMで聞いたことがあるセリフを両親達が叫んでいる。私は大笑いしてしまいそうになりながら、ある意味帰ってきた時の弟の精神の身を案じた。