白糸馨月

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お題『踊るように』

 弟が通っている高校では年に一回、クラスごとに演劇をやらなくてはいけない。
 私はさすがに見に行くことはないし、弟も「見に来なくていいから」と言っているが、両親はこっそり見に行っては毎年弟の勇姿を撮影しているらしい。
 だけど、映像を見た私からしたら弟が目立つ配役になったことなどない。一年の時は村人のうちの一人、二年の時はセリフがないバックダンサー。
 
 文化祭本番の夜、偶然家にいた私は帰宅した親を迎えた。母は目を潤ませて「感動した」と言っている。父も腕を組みながら母に同意している。
 弟のなにが両親にそんな衝撃を与えたのだろう。

「で、今年も録画したの?」
「もう、バッチリ」

 そう言うと両親は、録画していたカメラをテレビにつなげてさっそく再生し始めた。どうやら、演目は人魚姫を題材にしているらしい。
 しばらく見ていると、人魚姫に出てくる魔女が現れた。両側に四人の男――いや、緑色の全身タイツで頭部にワカメを模したかざりをつけた男たちがひかえている。
 私は思わず吹き出した。そのなかの一人に弟がいた。しかもこちらから見て魔女の左側に。笑ってたら母に「一生懸命やってるんだから!」と一喝された。
 スポットライトが魔女に当たったかと思うと、低めの声で歌い始める。歌は正直高校生にしてはものすごく上手い。だが、私は両側のワカメに扮した高校三年生の図体がそこそこ大きな男たちが両手のひらを重ねて上にまっすぐぴん、と伸びながら、一斉に体を揺らし始めた方に目が行く。というか、全身タイツに身を包んで体をくねくねゆらす弟にどうしても目が行く。せっかくのかっこいい女性の歌声がまったく耳に入ってこない。
 口を両手でおさえながら必死になって笑いをこらえている私の横で、

「あぁ、高校生活で一番いい動きをしているわ!」
「いいぞ、その汗!」

 など、どっかのCMで聞いたことがあるセリフを両親達が叫んでいる。私は大笑いしてしまいそうになりながら、ある意味帰ってきた時の弟の精神の身を案じた。

9/8/2024, 2:52:00 AM