白糸馨月

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お題『胸の鼓動』

 暗い洞窟のなかを息を荒くしながら、今、まさにゴブリンの集団から逃げている。
 心臓が痛いほど早く脈打って、息が苦しくて、足を止めたら最後、なぶり殺されてしまうから逃げている。
 正直、なめてたんだ。このダンジョンに入るまでは。
 ゴブリンなんて最弱に数えられるモンスターだから、楽勝だと思ってた。だけど、実際はこちら三人に対して、ゴブリンは三十匹くらいいて、ずる賢いから連携プレーが上手く、一人はゴブリンに集団でなぶり殺しにされて、もう一人はゴブリンの集団の中に暗がりのなかに引きずられていってしまい、その後叫び声が聞こえる以外はどうなっているか分からない。
 ひたすら逃げているけど、しつこいことに何匹かまだついてくる。
 武器はなめていたということもあり、練習用の短剣しか持ってない。魔法も実は得意じゃない。
 今、持てる武器を駆使し、時折足止めしながら牽制は出来ているがもう限界が近い。

「ゴブリンにやられて死ぬとか、一生の恥だ。でも、もう無理かも……」

 そう思った瞬間、目の前に屈強な体格の男が突如として現れた。
 あ、終わった。
 思わず足をゆるめた瞬間、襟をつかまれたかと思えば前方に投げ出される。
 振り返ると、俺が通ってきた道が火の海と化していた。追ってきたゴブリンはみな灰となっている。屈強な体格の男だけが残っている。
 男が近づいてくると、炎のおかげで顔が見えた。よかった、人間だ。

「お前もゴブリンをなめていたクチだろう。戦い方を教えてやる。ついてこい」

 そう言って男は、俺に背を向け、俺がたどってきた道を行き始める。
 このまま逃げても良かった。だが、ゴブリンをなめていたのは事実だ。ゴブリンをなめていたからこそ、仲間が犠牲になったのだ。

「ま、まってくれ!」

 俺は立ち上がって、男の後を追い始めた。

9/9/2024, 4:04:19 AM