白糸馨月

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8/30/2024, 4:16:10 AM

お題『言葉はいらない、ただ……』

 私はいわゆるお金持ちしか入れない学校に入ったはずだ。渋滞するリムジンと、友達からナチュラルに聞かされるラグジュアリーすぎる海外旅行の話や、家柄の話なんて想定内だ。
 裕福な家の出が多いから皆、自分に余裕があって、人にやさしくできる人たちが多いのだと、この学校に入れることを薦めた先生やら親が言っていた。
 それははっきり嘘だと断言しよう。
 今、私が目の当たりにしているのは男子のみで構成されている二つのグループが校庭で向かい合っているところだ。しかもその様は穏やかではない。
 私が入学した時、なぜだか知らないが二つの大きな派閥ができていて、その二グループが学校を牛耳っているのだと内部進学生の友達から聞かされた。しかもそのグループは双方仲が悪いとのこと。
 派閥とか、牛耳るとかなんだよとか笑ってたら、そのグループに所属している同級生の男子にわざと肩をぶつけられて舌打ちされたのを覚えている。なんで分かったかというと、派閥に所属している生徒は皆、腕章をつけているのだ。
 それでおっかなくて、比較的庶民である私は日陰に隠れようと決意したのである。
 それが今、どういうことか。二つのグループが決闘を始めるらしいじゃないか。誰にも止められないのは派閥のリーダーが二人共、某財閥の跡取り息子であるからだ。学校に多額の資金を援助している。だから誰も何も言わないのだ。
 しかもその財閥同士は、世間的にライバル関係であると知られている。
 私含むヤジウマ達がその様子をうかがっていると、赤い腕章をつけている背が高く筋肉質な派閥のリーダーがマイクを手に取った。立っているだけで王者の風格を感じる。たとえるなら獅子。

「なぁ、分かってるよなぁ?」

 ここはヤンキー漫画の世界なのかと勘違いしたくなるような喋り方に思わず困惑する。
 一方、クールな佇まいをしている青い腕章をつけた容姿端麗な派閥のリーダーが拳を握る。こちらも違う意味で風格を感じる。たとえるなら龍。

「あぁ。僕達の間に言葉はいらない。ただ、どちらがこの学校を支配するに値するか決着をつけようじゃないか」
「ハッ、お喋りな野郎だなァ!」

 瞬間、赤い腕章のリーダーの姿が消えたかと思うと、青い腕章のリーダーに迫っていた。だが、彼は赤い腕章のリーダーの拳を素手で受け止める。
 そこから他のメンバー達が合戦だー! と言わんばかりに殴り合いが勃発した。
 周囲はそのあまりの世界観を間違えた地獄絵図ぶりに地面に膝をつくもの、気絶する者、私のように呆然と立ち尽くしている者、中にはあの中に推しがいるのだろう、しきりに名前を叫びながらうちわを振っている女子生徒がいたりした。

(おとうさん、おかあさん、わたし、学校転校してもいいかな……?)

 あまりのカオスな光景に私はこんなことを頭に浮かべていた。

8/29/2024, 3:43:17 AM

お題『突然の君の訪問』

 呼び鈴が鳴ったので出たら久々に会う友達だった。大学時代、すごく仲が良かったけど結局就職した会社が忙しすぎて疎遠になっていた。でも久しぶりに顔が見られてうれしい。

「やっほー! 今、あがってもだいじょーぶ?」

 気の抜けた感じがする喋り方は相変わらずで私は二つ返事で「いいよー」とオートロックを解錠する。

 友達の手にはチューハイ缶がたくさん詰まっているビニール袋があった。私は自分の部屋にうながすと、友達がそこに座る。

「なんだかそうしてると、大学時代に戻ったみたいだね」
「うん! ってか、大学から住所変わってなくてびっくりしたー」
「引っ越してるかもとか思わなかったの?」
「あー……もしちがったらそれはその時って思ってたとこ」
「そういうとこ、変わってないよねー」
「うん!」

 そう言って友達は、チューハイを手にしてプルタブを開ける。私も続いて開けると、かんぱーいと缶をぶつけ合ってお互いにグビグビ飲んだ。

「ってか、なんで急に来ようと思ったの?」

 と私が聞くと、友達がんーと笑みを浮かべた後、急に体をくっつけてきて頭を撫で始めた。

「なぁんか、X見ててさぁ。最近元気なさそうだなぁって思って。きみの彼氏? 最近、別の女の子との画像上げ始めてるしさぁ。そこからきみのツイートがなんだか元気なさそうで」
「あ、バレちゃった?」
「だから、もしかしたら元気なくしてるかなと思って来ちゃったぁ」

 そう思った瞬間、私の目から涙がこぼれた。

「そう、もう別れたの。その女、浮気相手ぇ」
「うわ、マジでクソじゃん! もう今日は飲もう!」
「うん、来てくれてありがとう」

 そう言って私は友達にくっつきながら勢いよく缶をあおった。

8/28/2024, 3:39:34 AM

お題『雨に佇む』

 顔がいい男は雨にうたれているとより一層魅力が増すものだ。私はテレビを見ながら思わず「尊い」とこぼす。
 横にいた夫がムッとした顔をしながら、なにを思ったのか急に外へ出た。今、外は大雨だ。
「えっ!? なに?」
 私もあとを追いかけると、夫がテレビの俳優の真似をして雨に打たれていた。正直夫はイケメンでもなんでもない。俳優と違って背が高いわけでもなければ、すらっとしていない。どちらかというと腹は出てるし、ガタイがいい。おまけに髪型も床屋で短く切ってきただけの清潔感しか備わってないものだ。正直、絵にならない。ただ、私が他の男にうつつを抜かしているのが気に入らないのだろう。推し活に関しては「いいよ」と言ってくれるくせにだ。
 私はため息をつくと、夫に
「そんなんで風邪ひいたらバカだから家に入んなね」
 と言う。その言葉に夫はすごすご戻っていく。私はゆるゆる洗面所に行き、バスタオルを持ち出すとそれを夫に渡す。
「えへへ。テレビの俳優は濡れてもこうやって君からバスタオル渡してもらえないもんね」
 と笑って言うから、アホなやつ、と私も呆れながら笑みを浮かべた。

8/26/2024, 11:39:49 PM

お題『私の日記帳』

 母から日課にするようにと渡された日記帳に日々の思ったことをいろいろと書いている。だけど、最近は学校生活のことなんて書くことが同じでつまらなくなってきたので、どうせならと、最近ハマっているコンテンツの推しを主人公にしてお話を書くことにした。ジャンルはBLだ。
 推しにはライバルとなるキャラクターがいて、公式ではお互いにバチバチしあっているけど、その関係性がエモくて興奮するから萌えるし今こうして形にしてしまっている。
 そうすると日々、日記を書くのが楽しくなってしまった。
 ある時、その内容が母にバレてしまった。べつに人の日記を読むという無粋なことはしない。ただ、日記帳を開きっぱなしにしていた私が悪いのだ。それがちょうど洗濯物を置きに来た母の目に入ってしまった。
 あわ、あわと震える私を横目にして、母は息をつくと
「ついてらっしゃい」
 と私をうながした。
 部屋から出て、案内されたのはうちのわりと大きな本棚だ。そのわきに鍵穴がある。母はそこに鍵をさしこむと、本棚をスライドすることができるようになり、そこには大量のうすい本が置かれているではないか。
「ママ?」
「勝手に見たのはごめん。だから私も、と」
「いや、あの……」
「どうやら血は争えなかったみたいね」
 そう言って母は謎にサムズアップした手を私に向けてきた。私は母も腐女子であった事実に困惑しつつ、またサムズアップしてなぜか母と乾杯みたいなことを交わした。

8/26/2024, 3:58:21 AM

お題『向かい合わせ』

 鏡と向かい合わせになっても自分の姿をみることはできない。私は吸血鬼でそういう風に体が作られている。人間と同化できる特殊な薬を使えば映ることができるので、今のところ学校の友達にバレていない。だが、今問題が発生している。
 朝飲んだ薬の効果がきれかけている夕方に鏡に映っている自分の姿が薄れてきている状態の時にクラスの男子に見られてしまった。
 まずいと思ってとっさに逃げようとしたが、男子に「待って」と呼びとめられる。とくにおどろいた様子がないことが逆に不思議だ。
「もしかしてとは思ってたけど、お前、やっぱヴァンパイアだったか」
 しかも正体を言い当てられ、私は思わず警戒する。
 どうしよう。こいつの血を吸って記憶を改ざんさせるか。
 私は構えをとる。だが、彼は
「警戒しなくていい、俺はダンピールだから」
「ダンピール……」
 なら、なおさら警戒を強めるしかない。私は戦闘態勢に入り、彼に飛びかかろうとした。が、腕を掴まれてとめられる。
「いきなり襲いかかんな。俺はヴァンパイアハンターじゃねぇから」
「じゃあ、なにが目的?」
「どうもしねぇよ。ただ……」
 彼は視線をあさっての方向に向ける。ダンピールは、今は数が少なくなったとはいえヴァンパイアハンターを生業にしている者が多いので警戒対象だ。だから油断してはいけない。
 だけど
「なんか、俺以外にも人間じゃない存在がいたんだなって思ったら、すごく安心した」
 そう彼が照れくさそうに笑った。その笑顔に拍子抜けして私はとっさに手をはなす。
「私を殺さないの?」
「嫌だよ、そもそも人を殺したくない」
「でも、私のこと」
「誰にも言わねぇよ。俺の正体だって、お前しか知らないんだし」
 そう言って、彼はきびすを返して、「じゃ、また明日学校で」と手をあげて軽く振った。
 窓からさす西日が意外ときつくて思わず夏でも着ている長袖パーカーのフードをかぶる。
「ダンピールのくせに、へんなひと」
 私はさっきのクラスメイトに思いを馳せながら、日光を避けるよう早めに帰路についた。

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