白糸馨月

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お題『言葉はいらない、ただ……』

 私はいわゆるお金持ちしか入れない学校に入ったはずだ。渋滞するリムジンと、友達からナチュラルに聞かされるラグジュアリーすぎる海外旅行の話や、家柄の話なんて想定内だ。
 裕福な家の出が多いから皆、自分に余裕があって、人にやさしくできる人たちが多いのだと、この学校に入れることを薦めた先生やら親が言っていた。
 それははっきり嘘だと断言しよう。
 今、私が目の当たりにしているのは男子のみで構成されている二つのグループが校庭で向かい合っているところだ。しかもその様は穏やかではない。
 私が入学した時、なぜだか知らないが二つの大きな派閥ができていて、その二グループが学校を牛耳っているのだと内部進学生の友達から聞かされた。しかもそのグループは双方仲が悪いとのこと。
 派閥とか、牛耳るとかなんだよとか笑ってたら、そのグループに所属している同級生の男子にわざと肩をぶつけられて舌打ちされたのを覚えている。なんで分かったかというと、派閥に所属している生徒は皆、腕章をつけているのだ。
 それでおっかなくて、比較的庶民である私は日陰に隠れようと決意したのである。
 それが今、どういうことか。二つのグループが決闘を始めるらしいじゃないか。誰にも止められないのは派閥のリーダーが二人共、某財閥の跡取り息子であるからだ。学校に多額の資金を援助している。だから誰も何も言わないのだ。
 しかもその財閥同士は、世間的にライバル関係であると知られている。
 私含むヤジウマ達がその様子をうかがっていると、赤い腕章をつけている背が高く筋肉質な派閥のリーダーがマイクを手に取った。立っているだけで王者の風格を感じる。たとえるなら獅子。

「なぁ、分かってるよなぁ?」

 ここはヤンキー漫画の世界なのかと勘違いしたくなるような喋り方に思わず困惑する。
 一方、クールな佇まいをしている青い腕章をつけた容姿端麗な派閥のリーダーが拳を握る。こちらも違う意味で風格を感じる。たとえるなら龍。

「あぁ。僕達の間に言葉はいらない。ただ、どちらがこの学校を支配するに値するか決着をつけようじゃないか」
「ハッ、お喋りな野郎だなァ!」

 瞬間、赤い腕章のリーダーの姿が消えたかと思うと、青い腕章のリーダーに迫っていた。だが、彼は赤い腕章のリーダーの拳を素手で受け止める。
 そこから他のメンバー達が合戦だー! と言わんばかりに殴り合いが勃発した。
 周囲はそのあまりの世界観を間違えた地獄絵図ぶりに地面に膝をつくもの、気絶する者、私のように呆然と立ち尽くしている者、中にはあの中に推しがいるのだろう、しきりに名前を叫びながらうちわを振っている女子生徒がいたりした。

(おとうさん、おかあさん、わたし、学校転校してもいいかな……?)

 あまりのカオスな光景に私はこんなことを頭に浮かべていた。

8/30/2024, 4:16:10 AM