お題『窓越しに見えるのは』
気味が悪い。席替えで窓際の席になった時からずっと気になっている。窓の外にうっすら顔が浮かび上がってて、常にそいつからの視線を感じるのだ。
学校の中では、いっさい噂になっていない。一度、友達に「窓の外になにかいない?」と聞いたら、「なにも見えないよ」と言われたから誰にも話ができなくなってしまった。
ある時、私が忘れ物を取りに教室へ戻ると窓の外にある顔と目があった。
私は忘れ物の折りたたみ傘を取りに行ったあと、外に浮かび上がってる顔と目が合う。
「貴方、誰なの?」
声をかけると、外の顔が一瞬目を丸くさせた。そのあと、向こう側から窓に息を吹きかけてきて
『私はここのクラスの生徒だった。なかにいれて』
とどうやって書いたのか分からないが文字が浮かび上がってきた。
「なんで?」
私が聞くと、また向こう側の顔が息を吹きかけて
『やりたいことがある』
と文字を浮かび上がらせた。とくに断る理由はない。窓を開けた瞬間、強い風が吹いて制服のスカートやカーテンを揺らした。
しばらくして、風がやんだので窓を閉めるともう顔がなくなっていた。
(なにがしたかったんだろう。ま、いいか。外に誰もいなくなったみたいだし)
最近のちいさな悩みが解消されて、私は意外と感慨深くもなく教室を出た。
お題『赤い糸』
ついに念願の彼とお付き合いすることができたわ。
彼は背が高くて、顔が整っていてどこかの俳優に似ていて、おまけに年収が高い。将来的に出世するだろうし、私は食べるのに困らず、皆から羨ましがられる生活を送ることができると思うの。
私はなぜか自分の小指の先から伸びる赤い糸が昔から見えるみたいで、実は彼と繋がってない。
伸びた先がよりによって冴えない性格もじめじめした頭髪がさみしい太った男だった。今も私の小指からは別の方向に糸が伸びている。まだつながってることが腹立たしい。
今付き合ってる彼からはどこにも赤い糸が伸びていない。だいたいそういうやつは誠実な恋愛が出来ないって相場が決まっているけど、彼は真面目だし、そうならないよね。だって「付き合うのは私が初めて」って言ってたし。
私は付き合った瞬間に彼が住んでいる部屋におしかけ、今日も彼をつなぎとめるためにたくさん彼に尽くすの。
もちろん、ゼクシィを見える所に置いておくことも忘れずにね。
お題『入道雲』
大人たちに内緒で僕達は酸素を補給するためのマスクをつけ、外の世界へ出かけた。
かつて人間が住んでいた場所だって、学校で習ったし、おじいちゃんから何度も外の世界の話を聞かされていた。
外の世界は、大人の特定の人以外出ちゃいけないところなんだっておかあさんから聞かされていた。
でも、僕は友達と二人で外の世界へ行くことに決めた。外の世界は僕達が住んでる地下の世界と違って、空の色が規則正しくないんだって。おじいちゃんが言ってたことを友達に話したら、友達が興奮しちゃって「行こう」って言ったんだ。僕も外の世界の空が見たかった。
暗いトンネルのなかを進んで行く。ほんとうは大人たちに見つからないか怖かったけど、友達がどんどん先に進むから弱音を吐かないようにしたんだ。
やがて光が見えてきてその先に進むと、そこには青い空が広がっていた。
いつも僕達が見ている一色だけの空じゃない。不規則な形の雲が浮かんで、青から下に向かって白のグラデーションがかかっている本物の空だ。
友達がふと言った。
「入道雲だ」
って、僕は大きなソフトクリームみたいな形をした雲を見て、崩れたビル街や、ぐちゃぐちゃになったアスファルトや、草木が生えなくなった地面の上に果てしなく広がる空を見て、なんだか泣き出したくなったんだ。
お題『夏』
今は夏空の下を歩きにくくなったと思う。日中に外出てしまったらムワッとした熱気と、肌を焼く感覚と、体を流れていく汗が吹き出して「あっ、これ人間が歩く場所じゃないわ」ってなって家に引きこもるんだ。
自分の部屋へ戻ったら、パソコンをたちあげてゲームを始める。もちろん、部屋はクーラーをきかせて。ここ数年、夏はこうして過ごすことが多くなった。
夏は海だの、かき氷だの、花火だの、イベントがいっぱいあるが、まず一緒に行く友達も恋人もいない。
ふと、机の上に置いたスマホが光る。Facebookの通知で開いたら、たまたま繋がってしまった高校のクラスメイトの陽キャが男女で花火に行った時の画像をあげているのを見てしまった。圧倒的な敗北感を覚えて舌打ちする。
(あーいいですねー、陽キャ様は、いつだって友達に困ってねーし、女にもモテてるし。世の中不平等だろ)
俺は心のなかで親指を下に下げるボタンを押した。リアクションしないだけ、いや、ブーイングのボタンがないだけありがたいと思え、とスマホをベッドの方に投げ込んだ。
お題『ここではないどこか』
降り立った場所は、家が立ち並ぶ場所だった。だが、今までいたところと違うのは藁や木でできた家があまりないことだ。見た所、人同士が殺し合ったり、貴族がふんぞり返って下々の人間をこき使ったりする様子がない。
家が立ち並ぶなかに広い場所があって、そこに人が集まって楽しそうに笑っている。丸い球体を投げ合って遊ぶ親子、子ども同士で追いかけっこしている様を見て微笑ましく思う。
だが、俺がその場所に入った瞬間、大人たちの様子が変わった。自分の子供に手招きして、守るように抱える。
そうだ、俺は今ここにいる者達と服装が違う。貴族のような高価な布は使っていなさそうだが、皆泥に塗れてない、清潔感がある身なりをしていた。
対して俺は、あちこちが破れたボロ布と化した旅人の服だ。体には切り傷が目立つ。前の世界で店を構えて穏やかに暮らしていたら、街に魔物が大量発生して何度も殺されかけた結果だ。胸に下げた赤い宝石のネックレスだけが光る。
思えば、俺は『ここではないどこかへ行きたい』と宝石に願うたびさまざまな世界を転移してきた。
幼少の頃、親もなく満足に食べられなかった乞食をしていた頃に見つけた石だ。石が光った瞬間に『ここではないどこかへ行きたい』と願えば別の世界に飛ばしてくれた。
そのおかげでさまざまなことを経験し、さまざまな人に会ってきた。
だが、今、俺は大人たちから睨まれ、逃げたくて仕方ない状況にいるのにどうしてか石が光ってくれない。
それよりも、お腹が空いた。水が欲しい。それにここはなんだかとても暑い気がする。
命からがら逃げたせいでなにも口にしてなかったのと、慣れない気候のせいで俺は前のめりに倒れた。
前に倒れながら、俺は「大丈夫ですか!」と叫ぶ声と体を揺さぶられる感覚。「キュウキュウシャを呼んで!」という聞き慣れない言葉を耳にしながら意識を手放した。