白糸馨月

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お題『ここではないどこか』

 降り立った場所は、家が立ち並ぶ場所だった。だが、今までいたところと違うのは藁や木でできた家があまりないことだ。見た所、人同士が殺し合ったり、貴族がふんぞり返って下々の人間をこき使ったりする様子がない。
 家が立ち並ぶなかに広い場所があって、そこに人が集まって楽しそうに笑っている。丸い球体を投げ合って遊ぶ親子、子ども同士で追いかけっこしている様を見て微笑ましく思う。
 だが、俺がその場所に入った瞬間、大人たちの様子が変わった。自分の子供に手招きして、守るように抱える。
 そうだ、俺は今ここにいる者達と服装が違う。貴族のような高価な布は使っていなさそうだが、皆泥に塗れてない、清潔感がある身なりをしていた。
 対して俺は、あちこちが破れたボロ布と化した旅人の服だ。体には切り傷が目立つ。前の世界で店を構えて穏やかに暮らしていたら、街に魔物が大量発生して何度も殺されかけた結果だ。胸に下げた赤い宝石のネックレスだけが光る。
 思えば、俺は『ここではないどこかへ行きたい』と宝石に願うたびさまざまな世界を転移してきた。
 幼少の頃、親もなく満足に食べられなかった乞食をしていた頃に見つけた石だ。石が光った瞬間に『ここではないどこかへ行きたい』と願えば別の世界に飛ばしてくれた。
 そのおかげでさまざまなことを経験し、さまざまな人に会ってきた。
 だが、今、俺は大人たちから睨まれ、逃げたくて仕方ない状況にいるのにどうしてか石が光ってくれない。
 それよりも、お腹が空いた。水が欲しい。それにここはなんだかとても暑い気がする。
 命からがら逃げたせいでなにも口にしてなかったのと、慣れない気候のせいで俺は前のめりに倒れた。

 前に倒れながら、俺は「大丈夫ですか!」と叫ぶ声と体を揺さぶられる感覚。「キュウキュウシャを呼んで!」という聞き慣れない言葉を耳にしながら意識を手放した。

6/28/2024, 3:48:09 AM