白糸馨月

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5/2/2024, 12:20:21 AM

お題『カラフル』

 私はいつもねずみ色か、カーキ色とか、黒しか着ない。なぜなら、その方が間違えがないから。
 だが、そんな時に服飾学部と思わしき生徒から声をかけられた。彼が身に纏う服は、目にも鮮やかなカラフルだった。
 最初、私に声がかかるなんてなにかの間違いだと思ってた。なぜなら私はというよりも、私が所属する理学部は地味で通っているから。化粧しても一重瞼は化粧映えしない。髪を短くしているのはその方が楽だからだ。

 だが、彼に連れられて鮮やかな服を合わせられて着せられた私の姿はいつもと違うものだった。
 鏡の前でメイクをほどこされ、彼に「ちょっと立ってみて」と言われて立って、うながされるまま全身が映る鏡の前に立つ。
 そこには、いつもと違う自分の姿があった。

「えっ……」

 驚く私の横からデザイナーの彼は、私の横に並び立つ。

「やっぱ、俺の見立ては間違ってなかった」
「なんだか変な感じなんだけど」
「だって、君はいつもじっみぃーな服を着てるじゃん、もったいない。せっかく背が高くてスタイルよくて、顔もキリッとしてるのに」
「もったいないって、私よりも可愛い子は他にいるじゃない」
「いーや、俺は君が良かったんだよ。大学の構内探してもなかなか理想のモデルが見つからなくてね。そんな時に君が現れたんだ」

 それから、彼は真剣な顔をして言った。

「今度の文化祭のファッションショーがあるんだけど、出てほしいんだ」
「え?」
「俺、優勝狙ってて。君の力が必要なんだ」

 そう言って、彼は手を差し出してくる。髪の色も服装もカラフルで独特な雰囲気をかもしだす彼だが、熱意は本気のようだ。
 私は

「わかった。よろしくお願いします」

 と彼の手を取った。

5/1/2024, 5:17:40 AM

お題『楽園』

 目覚めたら、砂浜の上にいた。寝間着姿のまま、流されたのだろう。膝丈のズボンにたまたまスマホを入れていたのを思い出してそれを取り出そうとして、なかった。
 俺は絶望的な気分になった。流されてどれくらい経つかわからないけど、もし一日しかなかったら今日は平日、会社へ行かないといけない。だが、手元に連絡手段がないことに途方に暮れた。
 それにここから家までどうやって帰れるだろうか。まわりに船は見当たらず、海岸の向こうはジャングルでいかだを作らないと帰る手段がない。

 俺はとぼとぼジャングルの中を入っていく。目の前にはジャングルに似つかわしくないきらびやかな娯楽施設が広がっていた。

「なんだこれ……」

 理由もわからず進んで行くと、名前を呼ばれる。俺はいつの間にか入口の受付にいた。

「お待ちしておりました。ここでは、子供の頃のように無限に遊ぶことが出来る場所。たとえば、好きなだけゲームすることが可能ですし、ドッチボールとかしたりすることも出来ますね。あとは、ご要望とあれば貴方の好みに合う配偶者を用意することも可能です」

 そんな夢物語みたいなことが受付のロボットから語られていく。そんなばかなことがあるわけがない。だが、どうしたって夢物語には食いつきたいものだ。
 なにせ会社は残業ばかりで遊ぶ暇なく、仕事だけの人生を送り続けてきたから、本音では解放されたかったのだ。

「こんな楽園、あるわけがない!」

 言いながら、開かれたゲートの先を俺は進む。足取りは不思議と軽かった。

4/30/2024, 1:39:47 AM

お題『風に乗って』

 俺は空を見上げていた。両手両足を広げ、布に張り付いたダチが沢山の人に引っ張られながら空を舞っていた。

 最初、ダチから「俺、風に乗ろうと思う」って言われた時は唐突な発言に「は?」と返したものだ。
 人間が風に乗る、なんて出来るわけ無いがダチはなにも考えてなかったらしく、俺が「人間凧は?」と言ったら「それだ!」と言い出して、いそいそ準備に向かってしまった。なにも考えてないくせに行動は早い。

 だから今、こうしてダチが文字通り風に乗っているのを見て、馬鹿げた試みなのに本当に実現してしまっている。
 俺は叫んだ。

「すげーよ、お前!」

 凧に乗って飛んでる友達は、俺を見つけたのかニッと不敵な笑みを浮かべた。

4/29/2024, 1:54:38 AM

お題『刹那』

 体育の授業、特に徒競走は俺が輝く舞台だ。俺はクラスでも足が早く、運動会では毎回リレーの選手に選ばれていた。
 自慢ではないが足が速い、というだけでクラスの女子からモテる。この前だって、バレンタインチョコをたくさんもらったから下々の者――いつもつるんでいる奴等に食べきれない分をわけてやった。
 俺の学校生活は、華やかなものだった。中学三年にあがり、あいつが転校してくるまでは。

 始めてあいつを見た第一印象は「オタクっぽい」だった。もっさりした黒い髪に、背は多分俺の方が十センチくらいデカい、おまけに眼鏡で猫背。俺の地位をおびやかす人間ではないと歯牙にもかけずにいた。

 一学期最初の体育の授業がやってきた。やはり最初は、徒競走からだった。俺はいつものように思い切り走った。
 タイムは、今までの最高記録を更新した。当然クラスでも一位だ。
 まわりから「さすが」「はやっ」って声が聞こえてくる。俺は鼻が高かった。
 何人か走ったのを見たが、俺を超えるものは現れなかった。次は転校生だ。なぜか眼鏡なんて外してやがる、オタクのくせにかっこつけてるのか?

 そう思ったのも束の間だ。よーいどんの後、なにが起きたかわからなかった。そいつは地面を蹴り、一気にゴールを決めた。刹那と思える速さだった。俺もまわりのギャラリーも呆然としていた。
 転校生がゴールした後、俺は先生が書くスコアボードに近寄る。そいつは、俺よりも一秒ほど速かった。
 俺はその足で転校生のもとへ行く。

「お疲れ。早いじゃん、お前」

 できるだけ爽やかに褒め称えるようにする。すると、転校生が顔を上げた。眼鏡で気づかなかったけど、こいつは女子が好きそうなアイドルに似ていた。

「べつに……もともと住んでたところで山を走り回ってただけだよ」

 そう言って、転校生はTシャツで汗をふきながら去っていく。

 足が速くて、俺よりもずっとイケメン。それだけで俺が築いてきた地位が足下から崩れ落ちるだろう。俺は拳を握りしめた。

4/28/2024, 1:30:42 AM

お題『生きる意味』

「ねぇねぇ、生きる意味って何だろ?」

 教室でお弁当を食べながら友達が口火をきった。それにしても、その話題自体が唐突だ。

「さぁ? わかんない」
「だよね」
「なんで急にそんなことを言い出したの?」
「これ、見てよ」

 友達がスマホを私に向けてくる。見せられたのは、同じクラスのちょっと目立つ女子のインスタアカウントだ。
 そこには顎に手の甲を向けるタイプのピースサインをあてがってる自分のキメ顔の上に手書きっぽい白文字でなんだかポエムが書いてある。最後に『これが私の生きる意味』でしめくくられてる。正直、ダサい……とはいえないので。

「もしかして、これに対して大喜利しろってか?」
「あ、それウケるね。じゃなくて」

 友達が急にあさっての方を向き始めた。

「私の生きる意味ってなんだろうねって、ふと考えちゃったんだよね」
「んん? この子の場合は承認欲求だよ?」
「分かってる。前もクラスで『いいねが足りない』ってきりきりしてたりしね。でも、私のはそれとは違うんだよ」

 しばらく沈黙が流れる。私はふと、思いついたことを言う。

「今こうやって喋ってることが私達の生きる意味じゃない?」

 友達の頭上に電球が浮かぶのが見えた。

「え、なに? これプロポーズってこと?」
「ちがうわ」
「ちがくないって、照れてんぞこのこのー」
「照れてないわー、ってかやめろ、抱きつくな」

 それから私達はじゃれあいながらひとしきり笑った。今の私達には、こういうくだらないやりとりをすることが生きる意味なのしれないと思った。

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