白糸馨月

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お題『楽園』

 目覚めたら、砂浜の上にいた。寝間着姿のまま、流されたのだろう。膝丈のズボンにたまたまスマホを入れていたのを思い出してそれを取り出そうとして、なかった。
 俺は絶望的な気分になった。流されてどれくらい経つかわからないけど、もし一日しかなかったら今日は平日、会社へ行かないといけない。だが、手元に連絡手段がないことに途方に暮れた。
 それにここから家までどうやって帰れるだろうか。まわりに船は見当たらず、海岸の向こうはジャングルでいかだを作らないと帰る手段がない。

 俺はとぼとぼジャングルの中を入っていく。目の前にはジャングルに似つかわしくないきらびやかな娯楽施設が広がっていた。

「なんだこれ……」

 理由もわからず進んで行くと、名前を呼ばれる。俺はいつの間にか入口の受付にいた。

「お待ちしておりました。ここでは、子供の頃のように無限に遊ぶことが出来る場所。たとえば、好きなだけゲームすることが可能ですし、ドッチボールとかしたりすることも出来ますね。あとは、ご要望とあれば貴方の好みに合う配偶者を用意することも可能です」

 そんな夢物語みたいなことが受付のロボットから語られていく。そんなばかなことがあるわけがない。だが、どうしたって夢物語には食いつきたいものだ。
 なにせ会社は残業ばかりで遊ぶ暇なく、仕事だけの人生を送り続けてきたから、本音では解放されたかったのだ。

「こんな楽園、あるわけがない!」

 言いながら、開かれたゲートの先を俺は進む。足取りは不思議と軽かった。

5/1/2024, 5:17:40 AM