白糸馨月

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お題『刹那』

 体育の授業、特に徒競走は俺が輝く舞台だ。俺はクラスでも足が早く、運動会では毎回リレーの選手に選ばれていた。
 自慢ではないが足が速い、というだけでクラスの女子からモテる。この前だって、バレンタインチョコをたくさんもらったから下々の者――いつもつるんでいる奴等に食べきれない分をわけてやった。
 俺の学校生活は、華やかなものだった。中学三年にあがり、あいつが転校してくるまでは。

 始めてあいつを見た第一印象は「オタクっぽい」だった。もっさりした黒い髪に、背は多分俺の方が十センチくらいデカい、おまけに眼鏡で猫背。俺の地位をおびやかす人間ではないと歯牙にもかけずにいた。

 一学期最初の体育の授業がやってきた。やはり最初は、徒競走からだった。俺はいつものように思い切り走った。
 タイムは、今までの最高記録を更新した。当然クラスでも一位だ。
 まわりから「さすが」「はやっ」って声が聞こえてくる。俺は鼻が高かった。
 何人か走ったのを見たが、俺を超えるものは現れなかった。次は転校生だ。なぜか眼鏡なんて外してやがる、オタクのくせにかっこつけてるのか?

 そう思ったのも束の間だ。よーいどんの後、なにが起きたかわからなかった。そいつは地面を蹴り、一気にゴールを決めた。刹那と思える速さだった。俺もまわりのギャラリーも呆然としていた。
 転校生がゴールした後、俺は先生が書くスコアボードに近寄る。そいつは、俺よりも一秒ほど速かった。
 俺はその足で転校生のもとへ行く。

「お疲れ。早いじゃん、お前」

 できるだけ爽やかに褒め称えるようにする。すると、転校生が顔を上げた。眼鏡で気づかなかったけど、こいつは女子が好きそうなアイドルに似ていた。

「べつに……もともと住んでたところで山を走り回ってただけだよ」

 そう言って、転校生はTシャツで汗をふきながら去っていく。

 足が速くて、俺よりもずっとイケメン。それだけで俺が築いてきた地位が足下から崩れ落ちるだろう。俺は拳を握りしめた。

4/29/2024, 1:54:38 AM