お題『善悪』
ものごころついた頃から俺は一人だった。両親の顔を知らない。人の死体があちこちに横たわってる街であてもなく歩いていたのが最初の記憶だ。
善悪の区別を教えてくれる親を持たない俺は、奴隷として売るために自分を捕まえようとしてくる大人を殺し、飢えを感じれば人が多い城下町へ行って金や食料を盗んだ。
そうでもしないと俺は生きていけなかったんだ。
あるとき、いつものように城下町へ盗みを働きに出るといつも盗んでいるパン屋の目の前に重たそうな鎧を身に纏った男に遭遇する。
見るからに強そうな男だった。強靭な筋肉をした足に蹴られてしまえば俺はそれだけで死ぬというのを感じる。
だが、腹は鳴るのだ。背に腹は代えられない。
俺は物陰から走ると、パン屋へ向かって盗みを働こうとした……が、ボロ布をかぶっただけの服の背中をつかまれて、持ち上げられてしまった。
「騎士様、このガキですよ! いつも売り物を盗むのは」
店主が俺に指を指して叫ぶ。俺は唸りながらじたばた暴れたが、次の瞬間首に衝撃を喰らって意識を失った。
次に目覚めた時は、柔らかいものの上にいた。今までに感じたことのないあたたかさを感じる。
目を覚ました俺は、ここがどこかを探る。暗い部屋にろうそくがついてるだけの簡素な部屋。
だが、べつに部屋があるようで俺はやわらかいものの上から降りると、そちらへ向かう。
いいにおいと、なにかがぐつぐついう音がして、その音の主は先程の騎士から発せられるものだった。
「目が覚めたか」
その言葉に俺は黙ってうなずく。
「まずは食事をしよう。君にいろいろ教えるのはそれからだ」
わけもわからずに騎士を見つめていると、騎士が鍋をかきまぜながら言う。
「君は俺が引きとる。俺も孤児だったから君のように悪さを重ねてきたんだ。だから放っておけなくてね。俺を育ててくれた親は亡くなったけど、天の思し召しなのかな? 君が俺の目の前に現れてくれてね」
火を止めて騎士が笑う。こちらを安心させようとしてあるのが感じられる表情に俺はなぜだか心があたたかくなっていくのを感じた。
お題『流れ星に願いを』
夜、友達の手を引いて丘を登る。今日、流星群が流れるって聞いたからだ。
やがて開けた丘の上に着く。相変わらず、なにもないこの村の夜空にはたくさんの星がきらめいている。
いつも見ている夜空だけど、毎回きれいだと思う。
「お前、願い事あんのかよ?」
友達に聞かれて、「うーん」とはぐらかす。
「それはこれから決める」
「ふぅん、あっそ」
「そういうお前はどうなのよ?」
「お前、わかってんだろ。俺の願いは流れ星に願ったって叶わないことを」
友達の見上げている顔がどこか悲しげに見えた。そうだ。こいつは、つい最近母親を亡くしたばかりだ、こいつのお母さんはずっと病気がちで、いつも面倒みていたっけ。
お母さんが亡くなった時、あいつが母親の亡骸にしがみついて一人泣いているのを見てしまった。
人を生き返らせることなんて、誰にも叶えることなんて出来ない。
「ごめん」
「いいよべつに。あ、流れ星」
空を見上げると、星が流れるのが見える。いくつも、いくつも星が尾を引いて、俺は手を組んでお祈りした。
(どうか、こいつが悲しまないように、元気になってくれますように)
流れ星そっちのけで、ずっと祈っていたら
「お前、なに一生懸命祈ってんの?」
とか言ってきた。
「どんな願い事だよ?」
友達がニヤニヤしながら聞いてくる。それがなんだか気恥ずかしくて、
「お前には教えねぇよ」
と友達の顔を視界に入れない代わりに流星群が流れ続ける空を見上げた。
お題『ルール』
「こらっ、また化粧して! しかもネイルまで……次の授業までに落としてきなさい!」
「えー、化粧くらいいーじゃん。授業にカンケーあるわけぇ?」
「関係なくても今からルールを守らないと、将来ロクな大人になれないわよ!」
「なにそれ、意味わかんない」
「意味わからなくてもいいからこっちきなさい! 化粧落とすわよ!」
「えー」
クラスで騒がしいギャルたちが学年主任のおばさん先生に連れられて消えていく。私は普段から校則に則った服装をしている。ひとつ結びの黒い髪、眼鏡、ノーメイク、長いスカートに短い靴下。校則破ったら内申点下がるのにバカだなぁと遠目で見ながら思う。
私が普段から校則を守るのは、教師に気に入られるためだ。より気に入られるために成績を良くしておくことも欠かさない。ちなみに眼鏡は、「賢そうに見えるからつけてる」だけのオプションだ。
一日の授業をこなしてホームルームが終わった後、特に掃除当番でもなく、日直でもない時は誰よりも早く教室を出る。部活には入ってない。まわりのクラスメイトから、私は予備校に通うために早く帰ってるのだと思われてるらしい。
だが、私は大学は推薦で入学する気満々だ。予備校には保険でしか通ってない。それに今日の行き先は別のところにある。
私は、学校の最寄り駅から電車に乗り、しばらくして原宿で降りる。そこからトイレに入ると、眼鏡を外し、カツラを外し、ネクタイをゆるめ、スカートを短くする。頭につけたネットを外すと薄ピンクに染めたストレートヘアが解放される。それをブラシでといて、カバンから化粧ポーチを出して化粧する。ネイルをピンクに塗って
「よし、完璧!」
と小声でひとりごちた。皆が知らないところでルールを破る私の行き先は、原宿のライブハウスで、今日は推しの地下アイドルが出るライブの日だ。推しのメンバーカラーはピンク。私は推しが好きそうな可愛い女子高生に扮して会いに行く。
お題『今日の心模様』
今日に限らず、私の心模様はずっと曇りです。っていうか、常時晴れの人がいるんだったらお目にかかりたいくらいだ。
家と職場の往復だけする生活を送っていて、常に退屈極まりない。家にいても一人だし、恋人はおろか友達すらいない。気力がある時は自炊するけど、面倒な時は買って帰るか、外食してから帰る。
ただ、こんな私でも時々心模様が晴れの時があって、YoutubeとかTiktokで推しの動画が上がると一気にテンションが上がる。あとは、ライブ行くとぶちあがる。
だけど、それも終わると元の曇りに戻ってゾンビみたいに労働して家に帰るだけの生活を繰り返すんだ。
お題『たとえ間違いだったとしても』
刑務所の面会室に通される。無機質なコンクリートばりの一室で受刑者との間にガラスの仕切りがある。
俺がパイプ椅子に座ると、ガラスの向こうの扉が開いて、兄が警察官に両脇を抱えられながら現れた。
兄が椅子に座っても、うしろに警察官が控えている。見張りということなのだろう。
「兄さん」
呼びかけるといつものように穏やかに笑う。そんな人間が人殺しをするとは到底思えない。俺達兄弟は父親から暴力を受けていて、社会人になって稼いだ金も皆、父の競馬やパチンコ代に消えた。
あるとき、俺が父親に瓶で殴られかけた時、兄が父を同じように瓶で殴った。たしかに兄に助けられなければ、俺の命はなかっただろう。だけど
「こんなこと、俺は望んでない!」
兄を目の前にして俺は涙が止まらなかった。兄はいつものように穏やかに笑いながら言った。
「たとえ俺がやったことが間違いだったとしても、お前を守れて良かった」
その言葉を聞いて俺はうつむいてしばらく泣き続けた。