白糸馨月

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4/22/2024, 3:43:38 AM

お題『雫』

 朝起きて、毎回げんなりする。
 窓におびただしいほどの雫がはりついているからだ。私は、洗面所から雑巾を持ってきて窓についた結露を拭く。これをおこたると、部屋が湿気で臭くなるから面倒臭い。
 前に除湿機で湿気をとることを試したが、このしつこいほどの湿気はなかなか消えてくれなかった。
 この部屋に住み始めて二年近くが経つ。引っ越しはまだ考えてない。家賃がそこそこ安く、風呂トイレ別、駅近という好立地にあるからだ。近所にOKストアもある。
 だからこうして毎朝、窓にはりつく結露との攻防戦を繰り広げるのだ。

4/21/2024, 3:43:15 AM

お題『何もいらない』

 私の妻は欲がない。我々はいわゆる『政略結婚』というもので、お互いに被害が一致したがゆえに初対面の女と婚姻関係を結んだ。
 私は世間が流布する噂で「冷血漢」だの「目が合ったら首から頭が落ちてた」だの言われているらしい。たしかに私は、騎士を代々輩出する家柄だ。私も騎士で、戦場に駆り出されることが多い。戦に身を置けば、心を凍らせてないと仕事をこなせない。「目が合ったら首が落ちてた」は、それくらい俺が数多の人間の命を手にかけてきたということだ。

 きっと、私の妻は厄介払いでここに来たのだろう。本来、見た目麗しく気立てが良いとされている次女と結婚するはずが、長女の方と結婚することになった。
 次女の人柄は知っている。同じ学院出身だから。次女は外面がよく、裏で気に入らない者をいじめていたからひとまず安堵した覚えがある。
 なら長女も人柄が妹に似たのかといえばそうではない。妻は家に来た当初、高貴な家柄にしては地味な色のドレスを身にまとい、自信がなさそうで常にうつむき、メイドがやればいい仕事を率先して行おうとする女だった。
 それを私は許さなかった。妻に家事をやらせることをメイドに言いつけてとりやめさせた。地味なドレスでは気の毒だが妻の好みがわからず、とりあえず妻に似合いそうな白基調のドレスを注文した。のみならず、なにを与えればいいか分からないので高価なダイヤの指輪を与えた。そうしたら、「こんなに数々の品々にこの扱い、私にはもったいないです」と泣かれた。
 顔を覆った妻の手は、高貴な育ちに似つかわしくなく荒れていた。

 だから私は聞いたのだ。

「お前はなにが欲しいのだ?」

 すると、妻は涙を浮かべて言った。

「なにも欲しくありません。貴方が私に優しさを向けてくださる、それだけで私の欲しいものは手に入りましたから」

 妻はいわゆる妾の娘だという。妾であるがゆえに冷遇され、使用人のような扱いを受けてきたとのこと。だから、人に優しさを向けられるのは初めてだ、とのこと。
 私は目の前の妻の境遇が許せなくて、妻がいじらしくて思わず妻を抱きしめた。

4/20/2024, 12:49:01 AM

お題『もしも未来を見れるなら』

「ねぇ、もしも未来が見えたらどうする?」

 小学校の時、幼馴染からそんなことを唐突に聞かれたことを思い出す。その頃の俺は適当に「大金持ちになる」とか答えたっけ。
 あれから二十年が経ち、今の俺は金持ちからは程遠い場所にいる。家賃四万円のせまい古いアパートで暮らし、専門学校を卒業してもやりたいことがなかった俺は、そのままコンビニでアルバイトをしている。
 決まったことだけをこなす平和な日々に最近、イレギュラーなことが起きているようだ。

 俺は最近、数分先の未来が見えるようになった。理由は分からない。ある日突然見えるようになったのだ。
 最初は、となりの部屋に住んでるカップルが喧嘩して彼女の方が出ていく映像だった。それが起きたからといって、俺の人生に関わりはないから心底どうでもよかった。
 それから客がコンビニで買ったコーラを開けたら炭酸が吹き出して流れるとか、客がコンビニから出た後、雨に振られるとか、俺に関わりがない奴等の未来が見えるようになった。だから、見えても放置してきた。

 ある日、夜勤へ向かう途中、横断歩道の前で俺は子供がトラックにはねられる未来を見てしまった。
 俺は足を止める。

(もしも未来が見えたらどうする?)

 その問いに俺は気恥ずかしくて本音とは違うことを言ったんだ。となりのクラスの幼馴染は、当時いじめられててそのまま不登校になってしまった。しばらくして、遠くに引っ越したあとどうなってるか知らない。
 俺は優しくてバカなあいつが好きで、本当は守りたかった。でも、いじめてる奴がカリスマ性があって家が金持ちで頭もよくて、逆らったら俺がいじめのターゲットになりそうだったから目をそらしたんだ。
 あいつは、俺に助けて欲しかったんだ。

 横断歩道に子供の姿が見える。それから、猛スピードでつっこんでくるトラックも見えてきた。俺は、その場から走って子供に手を伸ばす。

 あいつが俺の前からいなくなって、目標もなく生きてきたんだ。最期くらい、誰かを守って死ぬくらいは許されるだろう。
 俺のこの未来予知能力は、誰かを守るためにもたらされた能力だと子供の上に覆いかぶさり、トラックが発する眩しい光に照らされながら気付いた。

4/18/2024, 11:31:34 PM

お題『無色の世界』

 俺の故郷は、色を持たない人間が住む街だった。誰もが白髪に白い肌、瞳の色も白。
 だが、その街で俺は色を持って生まれてしまった。黒い髪にすこしだけ浅黒い肌、瞳の色は金色。その姿を持って生まれた俺は、街全体で差別を受けていたと思う。外に出れば、毎日お風呂に入ってるのに「汚い子供」とひそひそ噂され、子供達からはいじめを受けた。
 父さんの顔は知らない。母さんは、常に俺の味方だった。母さんは街の人間と同じように白髪、白い肌、白い瞳を持つ。俺の味方でいたがゆえに街で立場をなくしていた。
 俺を囲っていたから職にありつけず、やっとありつけた職では休ませてもらえず、朝も夜も働き続けた結果、母さんは過労で亡くなった。
 そうしたら、街の大人達によって俺は家から引きずり出されて、街の外へ無理矢理放り出された。

「お前のような穢らわしい存在は目の毒だ。二度とこの街に戻ってくるな」

と町長に吐き捨てられたのが最後だった。俺は母さんの葬式もあげさせてもらえなかった。

 あれから十五年が経つ。一人歩き続け、やっと着いた大きな街で俺はむしろ自分の姿の方がマジョリティであることを知った。浮浪児だった俺は、悪どいトレジャー・ハンターに拾われてありとあらゆる技を磨いた。
 ある時、酒場で依頼終わりに酒を飲んでいたら隣のテーブルから会話が聞こえてきた。

「なぁ、無色人って知ってるか?」
「なんだそれ?」
「そいつらの剥製が高く売れるっつう話なんだけどよぉ」

 俺はビールが入ったジョッキを持ち、となりのテーブルへと向かった。

「よぉ、おっさん。俺ぁ、その無色人の情報持ってるぜ」

 急に会話に参戦してきた俺に二人の年配の同業者がまばたきしていたが、やがて悪巧みを思いついたみたいに口の端をつりあげた。

「本当かい、兄ちゃん。話だけでも聞かせてくれや」

 俺は無色人の街出身。だが、あそこにいる人間は母を殺した。あんな街にいる人間を根絶やしに出来て、しかも金まで手に入る。最高じゃねぇか。
 ずっと抱えていた復讐心がここにきて、一気に燃え上がった感覚がした。

4/18/2024, 12:16:38 AM

お題『桜散る』

 花が散りゆく桜並木の下を歩く。今日は、何度も落ちている資格試験の当日だ。
 仕事終わってから毎日勉強して、それでも毎回合格点にあと一歩届かないところで毎回桜が散っている。
 どこかで『今回こそは、絶対に受かると思う』という気持ちと『どんなに頑張ったって無理だよ』の気持ちが心の中でせめぎあっている。
 それに今年に限って、桜がいい感じの時期に満開になっているから嫌になる。俺は、桜並木の下を歩き、時折写真を撮っている人を見かけて「お前らは、いいよな。純粋に花見を楽しめて」とひねくれた気持ちになった。

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