お題『夢見る心』
子供の頃、私は変身して戦うヒロインに憧れていた。将来の夢のところにヒロインの名前を毎回書いていたくらい。
だけど、小学校に上がった時にヒロインの名前を書いたら同級生からバカにされた。その代わりに「アイドル」と書いたら、「お前、その見た目でよく言うよな」と言われたりもした。
小学校時代はちょっとした黒歴史だった。高学年の頃から身の程をわきまえて「公務員」と書くようになって、そこから無難に生きて大学卒業後にその夢は叶った。
べつに仕事が楽しいわけじゃない。時々クレーム対応に追われるけど、その区に住んでいる人の相談に乗るだけのなにも起こらない穏やかな日々。だけど、日常は退屈で私はアラサーになっても変身ヒロインのアニメを見ては彼女たちのようになりたいと願った。
そんな時、急に自分が住んでいる場所の近くにどうしてか隕石が降ってきた。ぐちゃぐちゃになった商店街で皆が逃げ回る。よく分からない地球外生命体みたいなのが人を襲っていた。
私はたまたま休みの日で家にいて、建物は壊されていない。だが、こちらに来るのも時間の問題だ。すぐにでも逃げた方がいい。
変身ヒロインを夢見る心を未だに持つ私は、それを許さなかった。部屋から金属バットを持ち出すと、スウェットのまま商店街に向かう。
ヒロインになるため、日々筋トレを怠らず、足の速さには自信があった。習い事はキックボクシングだ。
やがて、女性を襲おうとしている地球外生命体に遭遇し、私は回し蹴りを食らわせた。
地球外生命体の動きが止まり、女性が真っ青な顔をしている。
「はやく逃げて!」
女性は、「は、はい!」とばたつく動きでその場から走り去っていく。地球外生命体の腕が振り下ろされ、私はバットでそれを食い止めた。
「あんたの相手はあたしよ! 覚悟なさい!」
たとえ変身ヒロインに覚醒しなくたって、夢見る心があればきっと大丈夫。あたしは歯を食いしばって、沈みゆく足は膝をつかぬよう、敵の拳の重さに耐えていた。
お題『届かぬ想い』
クラスに好きな人がいる。でも、私と彼じゃ立ち位置が違いすぎる。
彼の溌剌とした声がクラスに響くたび、私はいつも読んでいる本に落とした視線を上げられなくなる。彼はカースト上位で、私はクラスで孤立していて多分カーストにも入れられてないんだと思う。
誰かにいじめられたくなくて、からまれたくなくて、休み時間に本を読むようにしたら、まさかそれが自己防衛の手段になるとは思わなかった。
私の想いは絶対に彼に届いてはいけない。届いてしまったらその瞬間から私のクラスでの居場所がなくなるから。
それなのに席替えで彼が隣の席に来てしまった。それだけでも私は視界を狭くしないといけなくなる。普通ならばそこで喜ぶところだろう。私は喜べない。出来るだけ普段通りでいようと心に決めた。
「ねぇ、いつも何の本読んでるの?」
ふと、となりから声がかかる。彼とは今、放課後の日直当番の仕事をこなしていてクラスで二人だけだ。日直の日誌を書いてるときに呼ばれた。
私は平静を装って作家名を言う。すると
「俺もその作家好きだわ」
と言い出す。まさかの趣味の一致になんとも言い難い感情が私の胸の中に渦巻く。そこからさらに予想してなかった事態が起こった。
「これ終わったら、サイゼ行かない? 語りたいわ」
今、私は彼に誘われている。こんなことあってはならない。バレた瞬間、次の日から私はクラスでいじめられるだろう。だが、その意識とは裏腹に私は勢いよく首を縦に振っていた。
お題『神様へ』
僕が住んでいる村の山奥には、神様ポストと呼ばれる古ぼけたポストがある。そこに神様宛の郵便を投函すると、差出人の願いが叶うという。
今、僕はルーズリーフに書いた手紙を持って急な山道を一人で歩いている。学校から逃げるようにダッシュで帰った後、僕はルーズリーフに神様宛の手紙を書いた。
神様へ
僕は今、学校でいじめを受けています。
いじめの主犯である●● ●●にいじめのターゲットをうつしてください。
お願いします。もういじめられたくないんです。
▲▲ ▲▲
こう書いた手紙を手に握りしめる。やっとポストにたどりつく。まわりの草木は手入れがされてなくて、虫がうごめいている。僕は急いでポストに手紙を投函すると、山から滑り降りるように家路を急いだ。
そうしたら次の日から僕の状況は、一変した。教室に入ってもモノを投げつけられることもなく、えずく真似もされない。僕をいじめていた主犯を避けるようにクラスの皆が教室の端に寄ってる。主犯の机の上にブラジャーとショーツが置かれていて、主犯はうつむいたまま黙っている。
「こいつ、先生の下着盗んだんだって」
「うわ、キモ」
「変態じゃん」
そんな言葉が次々と繰り出される。ふと、主犯と目が合う。主犯は、恐ろしい形相で僕を睨みつけていた。だが、立場が変わったんだ。臆することはない。
僕は満面の笑みを奴に向けて、自分の席についた。すごく気分がよかった。
お題『快晴』
外出た瞬間、熱気と眩しさを感じて思わず目を細めた。
そういえば昨日のニュースで「明日は真夏日になる」とか言ってたっけと思い出す。
そんなこと意識しないで私はシャツの下によりによってヒートテックを着込んでいる。しかも極暖だ。適当に手に取った肌着がたまたまそれだった。それを考えもしないで着ている。まだ春だから暑くならないとたかをくくった結果だ。
「失敗した」
だが、今から着替えても間に合わない。汗だくになるだろうが遅刻よりはマシだ。
私はまずは電車の出発時間に間に合うよう、その場から走り始めた。
お題『遠くの空へ』
ヒーローの必殺技のパンチを頬に喰らい、俺は豪速球の球にでもなったかのように遠くの空へと飛ばされていく。
とあるアニメの悪役のように挨拶する間もない。ヒーローのパンチはとてつもなく大きく重たい分銅のようなもので、喋る間もなく飛ばされるのだ。さしかえたばかりの奥歯がまた粉々に砕けたのだけ分かる。痛みを感じるよりも気圧が体を圧縮していくような感覚を覚えて、気がつくと俺は頭から海の中に落ちた。毎回同じパターンだ。
海の中へ沈められた後、俺は泳いで水面から顔を出す。そこでようやく痛みを感じ始める。何度食らっても痛みに慣れることはない。
船上に都合よく船が停めてあって、そこからうきわがこちらに投げ込まれる。俺はそれに捕まると、引き上げてもらう。
船上に上がると、何人かスタッフがいて
「お疲れ様でした!」
と言って、まずは医務室に案内される。砕けた歯を口の中から出して貰って新しい歯に入れ替えてもらう。それからタオルで包んだ氷の袋を渡されるので、それで殴られたところをおさえる。
治療した医者が口を開いた。
「しっかし、なんで悪役なんてやるんですかね? いくら子供達を楽しませるためとはいえ、そこまで痛い思いをして」
「お金のためですよ」
そう、俺達はビジネスで悪役をやっている。さっき俺を殴ったヒーローは、同じ会社のヒーロー部門に所属している。俺はヴィラン部門だ。ちなみにヒーロー部門よりも給料が1.5倍ほど高い。理由は、ヒーローに比べて怪我が多いからだ。
どうやら娯楽に飢えた一般人のために作った会社で、今は子供に人気があるビジネスにまで発展している。
だが、ヴィラン部門は給料が高い割に人気がなく、離職率も高い。その中で俺は会社創業当初からヴィランをやり続けている。入社時から顔の形が変わったが、もともとイケてないツラなので大して変わらない。
「世間ではヴィランでも、息子のヒーローにはなりたいんです」
「あぁ、息子さんね」
医師は言葉を選ぼうとしている。俺の息子は生まれた時から心臓の病にかかっていて、ずっと病院で生活している。そんな息子の治療費を稼ぐためなら殴られることなんて大した事ない。
俺は決意を新たにして拳を握りしめた。