白糸馨月

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お題『夢見る心』

 子供の頃、私は変身して戦うヒロインに憧れていた。将来の夢のところにヒロインの名前を毎回書いていたくらい。
 だけど、小学校に上がった時にヒロインの名前を書いたら同級生からバカにされた。その代わりに「アイドル」と書いたら、「お前、その見た目でよく言うよな」と言われたりもした。
 小学校時代はちょっとした黒歴史だった。高学年の頃から身の程をわきまえて「公務員」と書くようになって、そこから無難に生きて大学卒業後にその夢は叶った。
 べつに仕事が楽しいわけじゃない。時々クレーム対応に追われるけど、その区に住んでいる人の相談に乗るだけのなにも起こらない穏やかな日々。だけど、日常は退屈で私はアラサーになっても変身ヒロインのアニメを見ては彼女たちのようになりたいと願った。

 そんな時、急に自分が住んでいる場所の近くにどうしてか隕石が降ってきた。ぐちゃぐちゃになった商店街で皆が逃げ回る。よく分からない地球外生命体みたいなのが人を襲っていた。
 私はたまたま休みの日で家にいて、建物は壊されていない。だが、こちらに来るのも時間の問題だ。すぐにでも逃げた方がいい。
 変身ヒロインを夢見る心を未だに持つ私は、それを許さなかった。部屋から金属バットを持ち出すと、スウェットのまま商店街に向かう。
 ヒロインになるため、日々筋トレを怠らず、足の速さには自信があった。習い事はキックボクシングだ。
 やがて、女性を襲おうとしている地球外生命体に遭遇し、私は回し蹴りを食らわせた。
 地球外生命体の動きが止まり、女性が真っ青な顔をしている。

「はやく逃げて!」

 女性は、「は、はい!」とばたつく動きでその場から走り去っていく。地球外生命体の腕が振り下ろされ、私はバットでそれを食い止めた。

「あんたの相手はあたしよ! 覚悟なさい!」

 たとえ変身ヒロインに覚醒しなくたって、夢見る心があればきっと大丈夫。あたしは歯を食いしばって、沈みゆく足は膝をつかぬよう、敵の拳の重さに耐えていた。

4/17/2024, 3:46:13 AM