お題『言葉にできない』
大学の講義が終わって、私は同じ学部でサークルも同じ友達とお昼を食べてる。
「私、最近彼氏出来たんだー」
「へぇ、そうなんだ。おめでとう」
「もう、反応うすいよ!」
そりゃ、反応うすくなるって。だって、一年でもう三人も変わってるじゃん。と言いたくなるのをのみこま……ないんだよな、私は。
「だって、一年のうちに三人目だからねぇ」
「でも、今度は長続きするから!」
丁寧に巻いたツインテールを揺らしながら友達はすこし頬をふくらませた。
「で、今度はどんな人?」
「あ、そうそう! うちの彼氏イケメンなの! ほら!」
イケメンは私も好きだ。今まで目の前の地雷系っぽい女は、何人か付き合ってきたが今まで『イケメン』っていうワードは出てきたことがなかった。長続きするかどうかに関しては信用してないが、イケメンには釣られる生き物だ、私は。すこしは期待しようではないか。
しかし、さしだされたスマホの画面を見て私の期待はあっけなく打ち砕かれた。
プリクラで撮ったから、異常に眼球が大きくなってる男女が二人並んでいる。それはプリクラ特有の効果だからいい。あれは誰がやっても宇宙人と化すから。
だが、友達の横にいる男は一世代遅れている茶髪で片目を隠していて、黒いジャケットの下はなんだかよく分からない英字が描かれたシャツを着ている。おまけにシャツの胸元になぞの鎖の飾り付き。
友達が満面の笑みを浮かべて「どう?」と聞いてくる。
正直、言葉にできなかった。気兼ねない仲とはいえ、人の彼氏を否定するほど私は人間落ちてないつもりだ。
だから
「ゔぃ……ヴィジュアル系みたい、だね……」
と返すので精一杯だった。
お題『春爛漫』
僕の地元には桜並木がある。春になるといっせいに満開になって、道を通れば花のいい香りがして、舗装された道路が散った桜でしきつめられて薄桃の絨毯になる。
そんな季節が僕は好きだ。だが、毎年地元では桜にかこつけて、祭りをやる。そんな時、いろいろなところから人が来る。
いつも満開の時期と祭の時期は大体ずれている。だが、今年に限って祭が開催される日にちょうど桜が満開になった。
僕はいつものように桜並木の下を歩く。違うのは人がごみごみしているか否かだ。人が多いというのに桜の天井は壮観だし、とてもいい匂いがする。
そんな時、僕はふとある露店に目を留めた。
そこは最近地元に出来た花屋で、なんとも大きめな桜の苗木が売っているではないか。たまたま売れていないらしい。サイズが多少大きすぎるからだろう。大人の男性一人分くらいはある。
だが、僕はなにを思ったのかそこのお店に行って
「桜の苗木を一つください」
と言った。決して安くないお金を支払って、僕は大きな桜を抱えながら帰路を行く。お祭りで気分が高揚して、思わず買ってしまった。重すぎて正直腕がちぎれそうだ。だが、日頃から筋トレを怠っていなくてよかったと思う。
僕は親が遺した広すぎる一軒家で一人で暮らしている。老後までずっと時間はあるが、僕は他人に恋愛感情を抱けないから一生一人で暮らすつもりだ。高校の時からずっと悩んで、今まで一度もなく来てしまった。
孤独な人生が確定している中に一本の桜の木が僕の住処にあったらすこしは心が慰められるかな。そう思うんだ。
お題『誰よりも、ずっと』
会社から帰る途中、急にうしろからハンカチで口を覆われて意識を失って、気がつくときらびやかな部屋の中にいた。天井からまばゆいほどのシャンデリアが吊るされてて、床はチェスボードみたいな柄。
私は今までベージュのスーツを着ていたはずなのに、なぜか今は黒いドレスに着替えさせられている。
知らない内に着替えさせられてたっていうだけでも異常なのに、私の目の前に四人のタキシードに身を包んだタイプが違うイケメンが跪いて並んでいる。それにすこし右に視線を向けると、黒服を着たこれまたイケオジがマイクを持っていた。
「おや、お目覚めですか」
「あの、ここは……」
「おめでとうございます! 貴方は、クイーンオブバチェロレッテに選ばれました!」
「え、くいーんおぶ……? へ?」
「貴方は、日本全国の働く未婚女性の中から無作為に選ばれたのです! 日頃、頑張っている貴方に対するご褒美ですよ。さぁ、好きな男性をお選びください!」
なにこれ。
率直にそんな感想がわく。そんなもの聞いたことがない。困惑しているうちに司会者のおじさんが勢いよく手を男達に向けた。
「さぁ、自己紹介を!」
すると一番左にいた男が顔を上げた。細身で日本で一番ファンが多い某事務所にいそうな男だ。
彼は見た目のイメージを裏切らない爽やかな声で自己紹介した後、
「誰よりもずっと、貴方を幸せにします!」
と、手にした花束を差し出してきた。
「は、はぁ……」
状況が理解できない。いや、したくもない。もはや脳が考えることを拒否し始めている。そうしているうちに他の男達――長身の胸板が厚いスポーツマンタイプ、眼鏡をかけた細身の官公庁に勤めてそうなタイプ、金色の髪を七三に分けたいかにもお金を持っていそうなタイプ。
それぞれの男が私に花束をさしだしながら
「誰よりもずっと、貴方を幸せにします!」
と叫ぶ。これがもしイケメンが好きな女ならテンションを上げながら迷うところだろう。だが、私は違う。よく知りもしない男から、私のことを知らないくせに「幸せにします!」と言われても恐怖でしかないのだ。
男達が一歩ずつ花束を差し出しながら近づいてくる。私は、息をついてベロア生地の高級そうな椅子から立ち上がった。多分、この状況を打破するにはこの中の誰かの手を取るしかないみたい。
「と、とりあえず一人ずつお話しませんか?」
お題『これからも、ずっと』
頬に冷たさを感じて目を覚ます。まばたきをして、寝ぼけた視界をクリアにしていく。今、俺はコンクリートの壁に囲まれた狭い部屋に閉じ込められているようだ。椅子に座ったまま、鎖を体に巻きつけられて体を動かすことができない。
目の前に別れを告げたはずの元彼女が見下すような顔をして、ペットボトルを下に向けている。
「目ぇさめた?」
元カノに声をかけられて、とっさに反論したい気持ちになる。
ここはどこなんだ、なんで拘束する? 鎖をほどいてくれないか。言いたいことがあるのに口を開くと、彼女に舌をつかまれる。
「あぅ?」
「いろいろ言いたいことあるみたいだけど、喋らせないよ」
「あー」
すぐさま元カノは、ポケットから猿ぐつわを取り出して俺の口につける。これで本当に喋れなくなった。
「ねぇ、私と別れて他の女のところに行こうとしたでしょ?」
「んん」
俺は勢いよく首を振る。別れを告げたのは、目の前の女がヤバいからだ。顔の可愛さに落ちて付き合ったはいいけど、常軌を逸するほどの嫉妬深さがあってそれに耐えられなかったからだ。
カフェで別れ話をしたら、気付いたらここにいた。頼んだコーヒーを飲んだ瞬間意識を失ったから、おそらく薬を盛られたんだろう。
「そっかぁ、じゃあ私と別れる理由なんてないよね」
そうやって、話を聞く間もなく俺を抱きしめる。女の子特有の柔らかさが今は窒息しそうなほどに苦しい。
彼女は俺の耳元で囁いた。
「これからも、貴方はずっと私と一緒にいるのよ」
お題『沈む夕日』
今日、俺は定時退社をした。連日連夜残業ばかりで、日々生きていくことに疲弊を感じる。
上司は部下たちに仕事を押し付けて、自分たちは飲み会に繰り出す。こういうことを今の部署に配属されてから、何度も繰り返されてきたことに気づいた。
俺は自分の作業を終えた。その時刻、十七時半近く。
「●●の作業が完了しました」
「はい。じゃ、次はこの作業をお願い」
「承知しました。明日、対応いたします」
途端、上司の顔が歪んだ。まわりは、残業してるのにお前は帰るのか? そう言いたげな顔をしている。
だが、そこで俺はひるんだりしない。「では」と、そんな上司に背を向ける。社内の丸い壁掛け時計を見た。ちょうど十七時半だ。
俺はパソコンをシャットダウンし、「お先に失礼しますっ!」と意識的に声を上げる。皆、目を丸くする。上司にいたっては、なにか言いたげな顔をしていた。
そんなこと知ったことない、と俺は会社を出る。
外へ出ると空がまだ明るくて、沈みゆく夕日が発する光のせいで眩しい。俺は妙な達成感に包まれながら、帰路を急ぐことにした。