白糸馨月

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4/6/2024, 1:35:12 PM

お題『君の目を見つめると』

「なんだかこちらの目を見てくれないの、悲しいです」

 カフェで話していて、しばらくして目の前の男からそう言われた。当然だ。私は、意識的に人の目を見ないようにしているのだから。一応こちらとしては、人の鼻筋あたりに視線を向けて、虚空を見つめるということをしている。そうすれば、変に思われない……そう思い込んでいたのは、私だけだったようだ。
 おそらく今まで会った男性は皆、気を遣ってくれていたのだろう。今会っている男は、どうやら思ったことがそのまま口に出てしまうタイプだ。
 さっき「女性は無料なんですよね」とも言われたから。

「人と目が合うと怖いんですよね」
「そうですか?」
「はい。私は昔から人と目が合うとびっくりするんですよね」

 なるほど、と彼は呟いた後、

「じゃあ、せめて一瞬でいいので目を見てほしいです」
「えっ、いやいやいや」

 この男すごいな、何を言ってるんだろう。目を合わせずともこの手の男に恐怖を感じる。すると、人の腕が視界に入ってきて、勝手に眼鏡を外された。

「あっ、待っ……」
「やっと目を見てくれましたね、わ、かわい……」

 目の前の男の体をグレーの岩が覆っていく。彼がつかもうとした手から眼鏡がテーブルの上に落ちた。私はため息をつくと眼鏡をかけ、荷物をまとめてお店を出た。飲み物は、注文した時に払うシステムだから何も問題ない。

 私はマッチングアプリを開くと、彼との会話履歴を開いてブロックした。それから眼鏡を外してクロスで拭いてふたたびかける。

 この眼鏡は、街で生きていくメデューサには必需品で、人と万が一目が合っても石にしにくくなる特注品だ。
 今まで仲間とだけ閉じた田舎だけで暮らしていたが、メデューサには女しかいない。そうすると子孫が残せなくなるからこうして、都会に繰り出すのだ。マッチングアプリで未来の夫を探す。
 だがメデューサの婚活は、人を石化させてしまう危険性と隣合わせだ。たとえ二回目ご飯行って、お酒が入ると気が抜けて人の目を見てしまう。そのたびに

「君の目を見つめると、なぜか動きが鈍くなる。なんでだろう」

 と言われて、三回目以降会えたためしがない。

「やっぱ、婚活むずかしいなぁ」

 次は、もっと私が目を合わせないことを気にしなさそうな人を探そう。そう思って、いいねしてくれた男性の写真をクリックして、ハートマークを押すことを繰り返した。

4/6/2024, 5:37:59 AM

お題『星空の下で』

 昔、夜になると星空数え切れないほどきらめく空の下、山奥の中で育った。大学入学を機に東京へ来た時、夜になっても街が明るいために空が明るくて、星なんてぽつ、ぽつとしか見えないことに驚いた。
 それから東京での生活が楽しくなって、空を見上げることなんてなくなって、サークル仲間と酒ばかり飲む日々を送っていた。
 大学も四年になろうとしてる時、姉から連絡が来た。姉は俺と違って、地元が好きで「東京なんて、人が多くてやだ。私、この場所から離れたくない」と口癖のように言ってた。そんな姉から「私、結婚するから。顔合わせするから地元帰ってきなさいよ」と連絡が来た。
 正直、帰るのがめんどくせぇと思った。だが、さすがに姉の人生の節目だからすこし戻ることに決めた。

 地元は、東京から大分はなれたところにあって最寄りの駅に着いた後、さらに車で一時間程度のところにある。車では、父が迎えにきてくれた。
 車を走らせながら、空がだんだん暗くなってきて、きらめきが次々に生まれてくる。その時、俺は久しぶりに空を見上げた。

 昔、姉が言っていたことがある。

「なにもないけど、空だけはずっと綺麗なのよね、ここ」

 なにもないのに耐えられなくて東京へ出た俺と違い、姉はこの空が好きで離れたくなかったのだ。だんだんときらめきを増していく夜空を見ながら、俺はもうすこし地元へ帰る頻度を増やしてやるかなと思った。

4/5/2024, 2:22:24 AM

お題『それでいい』

(それでいい)

 私は、常々自分にそう言い聞かせている。常に満たされない気持ちを抱えて生きている私は、どうしたら自分が幸せになるか分からなくて、こうして小説を書いている。
 このアプリに出会うまで、私は書くものが無くて困っていた。大衆に受けるものは、私の好きなものでなく、だが、好きなものを書いても自分が書くと面白さがなくなってしまい、書けない時期がニ年半くらい続いた。

(書きたい。でも、書けない)

 その気持ちのまま、悶々としている時にたまたま見つけたこのアプリに出会って、始めて一ヶ月も経ってないが今のところ毎日書き続けられている。
 こうして書いているうちにふと、「これでいいのでは?」と思ってしまった。毎朝、お題が与えられてそれに沿って書く。そうしていることで「私は今、書いているんだ」と気づいて精神的に安定するのだ。

 本当はもうすこし長い物語を書いてみたいのだが、今は「書きたい」というものがない。浮かんでも、私じゃ面白く出来なくて断念する。でも文章を書くことはしていたいから、精神の安寧のために続けていきたいと思う。

4/4/2024, 12:08:09 AM

お題『1つだけ』

「あれ、ここは……?」

 いつの間にか白い部屋にいた。目の前には、ヒゲをたくわえたじいさんがいる。俺に体はない。魂だけの存在として、浮いているようだ。
 さっき、俺は車にはねられた。体がふっとばされたと思ったらここにいた。多分、即死だったんだと思う。

「ここは選択の間じゃ」
「ん? 選択の……?」
「おぬしも自覚しているじゃろ。おぬしは、事故で亡くなって魂だけの存在になっておる」
「はぁ」
「おぬしは、死ぬにはあまりにも若すぎた。だから、転生にあたり一つだけ、お主の願いを叶えてやろう」
「願い」
「なんでもいいんじゃぞ。多いのは、特に努力しなくても女にモテたいとか、チートスキルで無双したい者とか、かの」

 くだらない願いだと思った。女にモテたって、なにかに秀でてすごいことをすることが俺にとって魅力的だと、到底思えない。

「俺は……両親が揃った家庭で幸せに暮らしたいです」

 じいさんは、「なんと」と目を丸くさせた。

「そんなのでいいのかね?」
「そんなのがいいんです。俺は、父と二人で暮らしてきました。母は、父からの暴力と女癖の悪さに病み自ら命を絶ちました。俺は暴力振るわれても、父が連れてきた女の相手をさせられても、父が喫煙と飲酒で体を悪くして世話をするしかなくても、そんな父に耐えるしかなかったんです」

 じいさんは、手にしたバインダーにペンを走らせると、顔を上げた。

「本当にいいのかね? 君は、とくに女性からモテることなく、チートスキルで無双出来なくなるが」
「かまいません」
「わかった……君を『ごく普通の家庭で生まれて、天寿をまっとうする人生』に案内しよう」

 それは俺にとって願ってもないことだった。暴力を振るわれない、知らない女の相手をさせられない、父親の世話に灰皿を投げつけられながら追われることもない、そんな家庭で暮らせるなら、本望だ。
 じいさんが体をよけると、背後に重厚な扉が現れてひとりでに開く。輝く川の流れのような空間だと思った次の瞬間、俺はそこに引きずり込まれていった。余計なことを考える間もないほどに。

4/3/2024, 1:05:54 AM

お題『大切なもの』

 俺は魔王様を慕っていた。だが数年前、勇者に討ち果たされてしまった。ただの側近だった俺は、たまたま殺されることなく途方に暮れた。魔王様は、住む場所もなく、飢えに苦しんでいた幼い俺に手を差し伸べてくれた。住む場所も、飢えに苦しむこともなくなった。その分、村を襲うとか、略奪するとかの命令を自分の配下にしていた。魔王様に対する恩義があるから罪悪感がない。魔王様は俺にとって親のように大切な人だった。
 
 だが、勇者は魔王様を討ち果たした。ちまたでは『英雄』と呼ばれ称えられているらしい。俺にとっては『英雄』でもなんでもない。『仇敵』だ。
 ならば、奴の大切なモノを奪おう。さらに殺してしまおう。そうすれば、さすがに勇者も絶望するだろうから。俺と同じ絶望を味わわせてやる。

 かたわらの少女が目をぱちくりさせる。こいつは勇者の娘だが、さすがというべきか否か、魔王様の力を得て、世間で言うところのおぞましい悪魔の姿をしている俺に対して一切動じることがない。

「お前、俺が怖くないのか?」
「うん」
「今のこの状況、分かっているのか?」
「ユウカイ、でしょ?」

 少女は淡々としている。

「なぜ、怖がらない」
「あの人に比べたら、貴方の方が怖くないから」

 その言葉を聞いて一瞬、言葉を失う。

「あの人は勇者だけど、本当はお金と女の人が好きなだけ」
「それでも、お前の父親だろう。助けにくるはずだ。それに、お前を殺せば流石に奴も嘆き悲しむだろう」
「そんなことないよ」

 いよいよ、なにも言えなくなる。

「私、ママが死んじゃって。勇者様をたよりなさいと言われたから行ったら追い返されちゃったの。浮浪児の世話をしてる暇なんてない。そう言って、あの人は知らない女の人達と一緒にどっか行っちゃったの。だから、私のことは殺してもいいよ。どうせ来ないから」

 よく見ると、少女はボロ布を上から被っただけの服を身に着けている。髪もぼさぼさで目はうつろだ。
 まるでかつての俺を見ているようだった。

「なぁ、お前」
「なに?」
「俺のところへ来ないか?」

 少女の目に光が灯る。なんだ、俺は魔王の側近だぞ?

「いいの?」
「あぁ、お前に住む場所も、衣服も与えてやろう」
「本当に?」
「疑うなら俺についてこい。すこしはマシな飯を食わせてやる」

 俺はその場にしゃがむと、自分の背中を指差す。少女はおそるおそる近づいていくと、俺の背中にくっついてくる。立ち上がって、背負った少女は異常に軽かった。
 その時、俺の胸に知らない温かい熱を帯びた感情が中央から広がっていくのを感じた。

 あれから何年か経ち、その感情の正体が「幸せ」で、少女――今となっては、俺の娘は魔王様、いや、自分の命よりも大切なものとなった。

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