白糸馨月

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4/1/2024, 11:48:29 PM

お題『エイプリルフール』

「ねぇ、ネタ思いついた?」

 同期からLINE電話がきて、私は「考え中」と返した。私達は企業Vtuberで基本的な連絡手段はDiscordだが、同じタイミングでデビューした仲間は個人的にLINEでつながってる。もちろん、本名も知ってる。

「え、すごーい。私はパスかな?」
「なんで?」
「だって、スベったらハズいし」

 まぁ、そうだよなと思う。別にエイプリルフールなんて、やりたい人がやってるだけだし、やってない先輩ライバーもちらほら見かける。

「そっか。じゃ、一緒にかんがえない?」
「マジで? 私、ネタ枠じゃないけどいいの?」
「うん」

 言いながら私はいつも配信のネタを集めている小さなリングノートを取り出す。

「じゃあさ、こういうのどう? ほら、性別変えたり、動物になったり」
「却下。先輩がやってる」
「えー……じゃあ……去年の●●さんみたいなの、私好きだけど」
「うーん、いいと思うけどシリアスなのは私のキャラじゃないし」
「そっかぁ」

 同期が考え込んでしまっている。彼女は歌唱力がズバ抜けていて、エイプリルフールに歌ってみたを出すことは知っているが、ネタ的なことに関してはすこぶる弱い。
 そんな時、私はふと思いついた。

「私さぁ、バ美肉やってみようと思う」
「え? マジで言ってる!?」
「マジ」
「大丈夫。今も十分ネタ枠だけど、今後そのイメージついちゃうんだよ」
「いい。私は他の人がやってないことをやるの。んじゃ、準備してくるわー」
「うん、わかったー。頑張って」

 そう言って電話を切る。私はよし、と気合を入れるといつものメモ帳にバ美肉の中身となるおっさんのイメージ図を描き始めた。ただキモいだけじゃ、傷つく人がいるだろう。キモさの中に愛らしさを感じさせるおっさんを生み出すんだ。

3/31/2024, 11:27:22 PM

お題『幸せに』

※BL要素(片思い)を含みます。

 チャペルの重たい木製の扉が開かれ、新郎新婦が入場する。オーケストラのBGMにたくさんの拍手に包まれながら、白い衣装を身に纏った彼らが入場する。
 俺はそれを見て胸がいっぱいになった。目に入るのは、白いドレスの新婦よりもさわやかに笑う新郎だ。


「俺、今度結婚するんだよね」

 その言葉に俺はビール飲んでいたのを止めた。

「え!? マジ?」
「うん、マジ」
「おめでとう!」
「ありがと」

 照れくさそうに笑うあいつはきっと知らない。あの時、俺の長年の恋は粉々に砕け散ってしまった。

「幸せになれよ」

 気持ちとはまったく反対の言葉を口にすることで、悲しみに押しつぶされそうになるのをどうにか堪えた。


 新郎新婦が神父の前にたどりつくと、誓いの言葉を交わしていく。指輪を交換し

「誓いのキスを」

 神父の言葉が俺の心臓を串刺しにする残酷な言葉に聞こえる。彼等が口づけをしている間、俺は目をつむった。こうでもしていないと、耐えられないから。

(どうか、お幸せに)

 心でも呟くことで、俺は抱いていた想いを上書きすることにつとめた。

3/31/2024, 1:34:48 AM

お題『何気ないふり』

「あぁー、あたしフラれちゃったぁぁぁぁぁ」

 大学のサークルの飲み会で、カナミが机に突っ伏しておいおい泣いている。大所帯のサークルで、騒がしく、自分が飲むことと話すことに夢中だから、幸いなことにこちらに視線が集まることはない。カナミのとなりでマヤが背中をさすっている。

「大丈夫、あんな男のことなんか忘れな?」
「うん、今日はとことん飲む!」

 そう言って、カナミはカシスオレンジをくびっと飲む。だが、すでに飲みきっていたそれは氷だけになっていて、カラッと音をたてるだけだった。
 だが、カナミは飲みきった風にグラスを置いた。思ったよりも強く置いたようだが幸いグラスが割れないことに安堵する。

「なんで別れたの? あいつ、あんなにカナミにぐいぐい迫ってたのに」
「ちょっと、ハヤト! 今、それ聞く?」
「彼、釣った魚にエサやらないタイプだったみたい」

 マヤが静止したのを聞かず、カナミが鼻をすすりながら答える。これ以上は聞かずにいようと思ったが、カナミが自分からいろいろと話してくれた。
 最初は頻繁にラインしてきたから自分もその気になって、それからが手が早くて一緒に寝た後、急に彼がそっけなくなったとのこと。
 正直、俺はカナミのことが好きだ。好きな女の子のそういう話を聞かされるのは複雑な気分だ。
 その間、マヤはカナミを抱き寄せて頭を撫でている。俺はふと、口を開いてしまう。それは多分、酒の力によるものだろう。

「なんかあったら、俺に相談してよ」

 それにカナミが大きなアーモンドみたいな目をぱちくりさせ、マヤが「ハァ!?」と野太い声を上げ般若みたいな顔をして俺を睨んできた。

「あんた、さり気なくカナミくどいてんじゃないわよ!」
「いや、違う! 誤解だって! 俺は純粋に心配だから!」
「ふぅん……」

 マヤがジト目を向けてくる。俺の背筋が震える。そんななか、カナミが「えへへ」と鈴を転がすような声で笑った。

「ハヤトくん、ありがとう。カナミ、嬉しい」

 その愛くるしい笑顔に俺の心は撃ち抜かれた。たしかにマヤが言う通り、俺には下心しかない。だが、カナミの笑顔だけで俺は胸がいっぱいになった。
 俺は、自然と口角が上がって変態みたいな顔になるのを、ビールジョッキを傾けて隠した。

3/30/2024, 2:34:42 AM

お題『ハッピーエンド』

 人生にハッピーエンドなんてあるわけがない。
 映画やアニメ、本を読んでいてやれ『ハッピーエンド』とか言われているが、生きていてそんなドラマチックなことが起きるかと言ったら、答えはNOである。

 そんなことを考えながら日々を過ごしていた。推しのライブに行くまでは。

 私には歌い手の推しがいる。彼はとてつもなく人気で、彼が所属しているグループがライブやることを発表した時、TLがわいた。
 私にはリアルどころか、オタクの友達も一人もいなくて、でもライブには行きたかった。チケットの抽選に応募したら、倍率がめちゃくちゃ高いだろうに当選して、一生分の運を使い果たしたと思った。

 ライブ会場のキャパは、そこそこにある。そこにぎっしりファンがつまっている光景は壮観だった。
 私は推しのカラーの赤いペンライトを持ち、『撃ち抜いて』と書いたうちわをもう片方の手に持って心臓を高鳴らせながらライブの開演を待った。

 ライブが始まった時、それはもう言葉に言い表せないほどだった。歌い手グループだから皆、歌唱力が高いのは当たり前――口から音源かと思うほどで、カラフルなライトに照らされた推しがイケメンの姿を借りた神様に見える。
 そんな時、客降りが始まる。メンバーがステージから降りて客席の前を歩いていく。私は端の席だったが、彼等は皆びっくりするほどスタイルがよくて腰が細かった。なにより皆、美しかった。
 そんな時、推しが近くに来たのを目にする。私は黒地に赤い文字で金の装飾を頑張ったうちわをかかげた。ちょうど横に来た推しが私を見て、目をぱちくりさせる。
 実際の時間は一瞬だったと思う。でも、推しと目が合ってる時間がすこし長く感じられた。
 かと思ったら、推しがいたずらっぽい笑みを浮かべて手を拳銃の形にすると「バァンッ!」と撃つ真似をしてくれたのだ。
 私がいたブロックから一斉に悲鳴が上がる。手を振りながら去りゆく推しの姿を見る。

(あっ、今なら死んでもいい)

 神様みたいな推しに相手してもらえて、オタクの悲鳴に包まれて、今私は推しに殺されたと思いたい、今この場で倒れたくてたまらない。人生のハッピーエンドとはこういうことなんだと実感した。

3/28/2024, 11:36:25 PM

お題『見つめられると』

 電車に乗って、あいた席に座るとすぐ誰かからの視線を感じた。
 顔を上げると、向かいの席に座る最近流行りの黒髪マッシュルームカットの、おそらく大学生くらいの男の子がこちらを見ている。しかも、容姿はまぁまぁイケメンだ。
 なんだか気恥ずかしいんだか、怖いんだかで私は思わず視線をそらした。

(そんなに見つめられると、困るなぁ)

 自分の視線のやり場を失った私は、とりあえずカバンからスマホを取り出して、ニュースサイトを出す。特に興味が湧かない記事が出てくるが、そのなかの適当な記事を押す。
 それでも、依然として視線を感じる。顔を上げると、視線が合って胸が高鳴る。

(まさか、こんな私に気があるのか? いや、そんなことあるはずがない)

 ふたたびスマホに視線を落とすと電車が止まった。
 どうやら駅に着いたようだ。私はスマホに視線を落としたままじっとやりすごそうとする。
 その時、ふと誰かが近くに来たから視線を上げざるを得ない。そこには、視線の主がいた。

「えっ……」
「おねーさん、頭なんかついてますよ」

 そうそっけなく言って、彼は電車から降りていく。
 えっ、なに、どういうこと? と思って私はスマホのカメラを起動してインカメラに切り替えた。そして、思わず引いた声が出る。
 私の髪にべったり鳥のフンがついていたからだ。たしかに私はその日急いでいて、道中カラスがたくさん止まっている電線の下を走った記憶がそういえばある。
 電車はすでに発車し始めた。さいわい、乗客はまばらで皆スマホに視線を落としていて、たまたま大学生くらいの男性が気づいただけだ。

(頭に鳥のフンがついてたら、そりゃ見ちゃうよね)

 絶対次の停車駅で降りて、頭洗おう。そうしよう。
 私は電車に揺られながら、恥ずかしさで体が熱かった。

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