お題『何気ないふり』
「あぁー、あたしフラれちゃったぁぁぁぁぁ」
大学のサークルの飲み会で、カナミが机に突っ伏しておいおい泣いている。大所帯のサークルで、騒がしく、自分が飲むことと話すことに夢中だから、幸いなことにこちらに視線が集まることはない。カナミのとなりでマヤが背中をさすっている。
「大丈夫、あんな男のことなんか忘れな?」
「うん、今日はとことん飲む!」
そう言って、カナミはカシスオレンジをくびっと飲む。だが、すでに飲みきっていたそれは氷だけになっていて、カラッと音をたてるだけだった。
だが、カナミは飲みきった風にグラスを置いた。思ったよりも強く置いたようだが幸いグラスが割れないことに安堵する。
「なんで別れたの? あいつ、あんなにカナミにぐいぐい迫ってたのに」
「ちょっと、ハヤト! 今、それ聞く?」
「彼、釣った魚にエサやらないタイプだったみたい」
マヤが静止したのを聞かず、カナミが鼻をすすりながら答える。これ以上は聞かずにいようと思ったが、カナミが自分からいろいろと話してくれた。
最初は頻繁にラインしてきたから自分もその気になって、それからが手が早くて一緒に寝た後、急に彼がそっけなくなったとのこと。
正直、俺はカナミのことが好きだ。好きな女の子のそういう話を聞かされるのは複雑な気分だ。
その間、マヤはカナミを抱き寄せて頭を撫でている。俺はふと、口を開いてしまう。それは多分、酒の力によるものだろう。
「なんかあったら、俺に相談してよ」
それにカナミが大きなアーモンドみたいな目をぱちくりさせ、マヤが「ハァ!?」と野太い声を上げ般若みたいな顔をして俺を睨んできた。
「あんた、さり気なくカナミくどいてんじゃないわよ!」
「いや、違う! 誤解だって! 俺は純粋に心配だから!」
「ふぅん……」
マヤがジト目を向けてくる。俺の背筋が震える。そんななか、カナミが「えへへ」と鈴を転がすような声で笑った。
「ハヤトくん、ありがとう。カナミ、嬉しい」
その愛くるしい笑顔に俺の心は撃ち抜かれた。たしかにマヤが言う通り、俺には下心しかない。だが、カナミの笑顔だけで俺は胸がいっぱいになった。
俺は、自然と口角が上がって変態みたいな顔になるのを、ビールジョッキを傾けて隠した。
3/31/2024, 1:34:48 AM