白糸馨月

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お題『見つめられると』

 電車に乗って、あいた席に座るとすぐ誰かからの視線を感じた。
 顔を上げると、向かいの席に座る最近流行りの黒髪マッシュルームカットの、おそらく大学生くらいの男の子がこちらを見ている。しかも、容姿はまぁまぁイケメンだ。
 なんだか気恥ずかしいんだか、怖いんだかで私は思わず視線をそらした。

(そんなに見つめられると、困るなぁ)

 自分の視線のやり場を失った私は、とりあえずカバンからスマホを取り出して、ニュースサイトを出す。特に興味が湧かない記事が出てくるが、そのなかの適当な記事を押す。
 それでも、依然として視線を感じる。顔を上げると、視線が合って胸が高鳴る。

(まさか、こんな私に気があるのか? いや、そんなことあるはずがない)

 ふたたびスマホに視線を落とすと電車が止まった。
 どうやら駅に着いたようだ。私はスマホに視線を落としたままじっとやりすごそうとする。
 その時、ふと誰かが近くに来たから視線を上げざるを得ない。そこには、視線の主がいた。

「えっ……」
「おねーさん、頭なんかついてますよ」

 そうそっけなく言って、彼は電車から降りていく。
 えっ、なに、どういうこと? と思って私はスマホのカメラを起動してインカメラに切り替えた。そして、思わず引いた声が出る。
 私の髪にべったり鳥のフンがついていたからだ。たしかに私はその日急いでいて、道中カラスがたくさん止まっている電線の下を走った記憶がそういえばある。
 電車はすでに発車し始めた。さいわい、乗客はまばらで皆スマホに視線を落としていて、たまたま大学生くらいの男性が気づいただけだ。

(頭に鳥のフンがついてたら、そりゃ見ちゃうよね)

 絶対次の停車駅で降りて、頭洗おう。そうしよう。
 私は電車に揺られながら、恥ずかしさで体が熱かった。

3/28/2024, 11:36:25 PM