白糸馨月

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お題『君の目を見つめると』

「なんだかこちらの目を見てくれないの、悲しいです」

 カフェで話していて、しばらくして目の前の男からそう言われた。当然だ。私は、意識的に人の目を見ないようにしているのだから。一応こちらとしては、人の鼻筋あたりに視線を向けて、虚空を見つめるということをしている。そうすれば、変に思われない……そう思い込んでいたのは、私だけだったようだ。
 おそらく今まで会った男性は皆、気を遣ってくれていたのだろう。今会っている男は、どうやら思ったことがそのまま口に出てしまうタイプだ。
 さっき「女性は無料なんですよね」とも言われたから。

「人と目が合うと怖いんですよね」
「そうですか?」
「はい。私は昔から人と目が合うとびっくりするんですよね」

 なるほど、と彼は呟いた後、

「じゃあ、せめて一瞬でいいので目を見てほしいです」
「えっ、いやいやいや」

 この男すごいな、何を言ってるんだろう。目を合わせずともこの手の男に恐怖を感じる。すると、人の腕が視界に入ってきて、勝手に眼鏡を外された。

「あっ、待っ……」
「やっと目を見てくれましたね、わ、かわい……」

 目の前の男の体をグレーの岩が覆っていく。彼がつかもうとした手から眼鏡がテーブルの上に落ちた。私はため息をつくと眼鏡をかけ、荷物をまとめてお店を出た。飲み物は、注文した時に払うシステムだから何も問題ない。

 私はマッチングアプリを開くと、彼との会話履歴を開いてブロックした。それから眼鏡を外してクロスで拭いてふたたびかける。

 この眼鏡は、街で生きていくメデューサには必需品で、人と万が一目が合っても石にしにくくなる特注品だ。
 今まで仲間とだけ閉じた田舎だけで暮らしていたが、メデューサには女しかいない。そうすると子孫が残せなくなるからこうして、都会に繰り出すのだ。マッチングアプリで未来の夫を探す。
 だがメデューサの婚活は、人を石化させてしまう危険性と隣合わせだ。たとえ二回目ご飯行って、お酒が入ると気が抜けて人の目を見てしまう。そのたびに

「君の目を見つめると、なぜか動きが鈍くなる。なんでだろう」

 と言われて、三回目以降会えたためしがない。

「やっぱ、婚活むずかしいなぁ」

 次は、もっと私が目を合わせないことを気にしなさそうな人を探そう。そう思って、いいねしてくれた男性の写真をクリックして、ハートマークを押すことを繰り返した。

4/6/2024, 1:35:12 PM