白糸馨月

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お題『大切なもの』

 俺は魔王様を慕っていた。だが数年前、勇者に討ち果たされてしまった。ただの側近だった俺は、たまたま殺されることなく途方に暮れた。魔王様は、住む場所もなく、飢えに苦しんでいた幼い俺に手を差し伸べてくれた。住む場所も、飢えに苦しむこともなくなった。その分、村を襲うとか、略奪するとかの命令を自分の配下にしていた。魔王様に対する恩義があるから罪悪感がない。魔王様は俺にとって親のように大切な人だった。
 
 だが、勇者は魔王様を討ち果たした。ちまたでは『英雄』と呼ばれ称えられているらしい。俺にとっては『英雄』でもなんでもない。『仇敵』だ。
 ならば、奴の大切なモノを奪おう。さらに殺してしまおう。そうすれば、さすがに勇者も絶望するだろうから。俺と同じ絶望を味わわせてやる。

 かたわらの少女が目をぱちくりさせる。こいつは勇者の娘だが、さすがというべきか否か、魔王様の力を得て、世間で言うところのおぞましい悪魔の姿をしている俺に対して一切動じることがない。

「お前、俺が怖くないのか?」
「うん」
「今のこの状況、分かっているのか?」
「ユウカイ、でしょ?」

 少女は淡々としている。

「なぜ、怖がらない」
「あの人に比べたら、貴方の方が怖くないから」

 その言葉を聞いて一瞬、言葉を失う。

「あの人は勇者だけど、本当はお金と女の人が好きなだけ」
「それでも、お前の父親だろう。助けにくるはずだ。それに、お前を殺せば流石に奴も嘆き悲しむだろう」
「そんなことないよ」

 いよいよ、なにも言えなくなる。

「私、ママが死んじゃって。勇者様をたよりなさいと言われたから行ったら追い返されちゃったの。浮浪児の世話をしてる暇なんてない。そう言って、あの人は知らない女の人達と一緒にどっか行っちゃったの。だから、私のことは殺してもいいよ。どうせ来ないから」

 よく見ると、少女はボロ布を上から被っただけの服を身に着けている。髪もぼさぼさで目はうつろだ。
 まるでかつての俺を見ているようだった。

「なぁ、お前」
「なに?」
「俺のところへ来ないか?」

 少女の目に光が灯る。なんだ、俺は魔王の側近だぞ?

「いいの?」
「あぁ、お前に住む場所も、衣服も与えてやろう」
「本当に?」
「疑うなら俺についてこい。すこしはマシな飯を食わせてやる」

 俺はその場にしゃがむと、自分の背中を指差す。少女はおそるおそる近づいていくと、俺の背中にくっついてくる。立ち上がって、背負った少女は異常に軽かった。
 その時、俺の胸に知らない温かい熱を帯びた感情が中央から広がっていくのを感じた。

 あれから何年か経ち、その感情の正体が「幸せ」で、少女――今となっては、俺の娘は魔王様、いや、自分の命よりも大切なものとなった。

4/3/2024, 1:05:54 AM