白糸馨月

Open App

お題『何もいらない』

 私の妻は欲がない。我々はいわゆる『政略結婚』というもので、お互いに被害が一致したがゆえに初対面の女と婚姻関係を結んだ。
 私は世間が流布する噂で「冷血漢」だの「目が合ったら首から頭が落ちてた」だの言われているらしい。たしかに私は、騎士を代々輩出する家柄だ。私も騎士で、戦場に駆り出されることが多い。戦に身を置けば、心を凍らせてないと仕事をこなせない。「目が合ったら首が落ちてた」は、それくらい俺が数多の人間の命を手にかけてきたということだ。

 きっと、私の妻は厄介払いでここに来たのだろう。本来、見た目麗しく気立てが良いとされている次女と結婚するはずが、長女の方と結婚することになった。
 次女の人柄は知っている。同じ学院出身だから。次女は外面がよく、裏で気に入らない者をいじめていたからひとまず安堵した覚えがある。
 なら長女も人柄が妹に似たのかといえばそうではない。妻は家に来た当初、高貴な家柄にしては地味な色のドレスを身にまとい、自信がなさそうで常にうつむき、メイドがやればいい仕事を率先して行おうとする女だった。
 それを私は許さなかった。妻に家事をやらせることをメイドに言いつけてとりやめさせた。地味なドレスでは気の毒だが妻の好みがわからず、とりあえず妻に似合いそうな白基調のドレスを注文した。のみならず、なにを与えればいいか分からないので高価なダイヤの指輪を与えた。そうしたら、「こんなに数々の品々にこの扱い、私にはもったいないです」と泣かれた。
 顔を覆った妻の手は、高貴な育ちに似つかわしくなく荒れていた。

 だから私は聞いたのだ。

「お前はなにが欲しいのだ?」

 すると、妻は涙を浮かべて言った。

「なにも欲しくありません。貴方が私に優しさを向けてくださる、それだけで私の欲しいものは手に入りましたから」

 妻はいわゆる妾の娘だという。妾であるがゆえに冷遇され、使用人のような扱いを受けてきたとのこと。だから、人に優しさを向けられるのは初めてだ、とのこと。
 私は目の前の妻の境遇が許せなくて、妻がいじらしくて思わず妻を抱きしめた。

4/21/2024, 3:43:15 AM