白糸馨月

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お題『善悪』

 ものごころついた頃から俺は一人だった。両親の顔を知らない。人の死体があちこちに横たわってる街であてもなく歩いていたのが最初の記憶だ。

 善悪の区別を教えてくれる親を持たない俺は、奴隷として売るために自分を捕まえようとしてくる大人を殺し、飢えを感じれば人が多い城下町へ行って金や食料を盗んだ。
 そうでもしないと俺は生きていけなかったんだ。

 あるとき、いつものように城下町へ盗みを働きに出るといつも盗んでいるパン屋の目の前に重たそうな鎧を身に纏った男に遭遇する。
 見るからに強そうな男だった。強靭な筋肉をした足に蹴られてしまえば俺はそれだけで死ぬというのを感じる。
 だが、腹は鳴るのだ。背に腹は代えられない。
 俺は物陰から走ると、パン屋へ向かって盗みを働こうとした……が、ボロ布をかぶっただけの服の背中をつかまれて、持ち上げられてしまった。

「騎士様、このガキですよ! いつも売り物を盗むのは」

 店主が俺に指を指して叫ぶ。俺は唸りながらじたばた暴れたが、次の瞬間首に衝撃を喰らって意識を失った。

 次に目覚めた時は、柔らかいものの上にいた。今までに感じたことのないあたたかさを感じる。
 目を覚ました俺は、ここがどこかを探る。暗い部屋にろうそくがついてるだけの簡素な部屋。
 だが、べつに部屋があるようで俺はやわらかいものの上から降りると、そちらへ向かう。
 いいにおいと、なにかがぐつぐついう音がして、その音の主は先程の騎士から発せられるものだった。

「目が覚めたか」

 その言葉に俺は黙ってうなずく。

「まずは食事をしよう。君にいろいろ教えるのはそれからだ」

 わけもわからずに騎士を見つめていると、騎士が鍋をかきまぜながら言う。

「君は俺が引きとる。俺も孤児だったから君のように悪さを重ねてきたんだ。だから放っておけなくてね。俺を育ててくれた親は亡くなったけど、天の思し召しなのかな? 君が俺の目の前に現れてくれてね」

 火を止めて騎士が笑う。こちらを安心させようとしてあるのが感じられる表情に俺はなぜだか心があたたかくなっていくのを感じた。

4/27/2024, 1:37:18 AM