お題『風に乗って』
俺は空を見上げていた。両手両足を広げ、布に張り付いたダチが沢山の人に引っ張られながら空を舞っていた。
最初、ダチから「俺、風に乗ろうと思う」って言われた時は唐突な発言に「は?」と返したものだ。
人間が風に乗る、なんて出来るわけ無いがダチはなにも考えてなかったらしく、俺が「人間凧は?」と言ったら「それだ!」と言い出して、いそいそ準備に向かってしまった。なにも考えてないくせに行動は早い。
だから今、こうしてダチが文字通り風に乗っているのを見て、馬鹿げた試みなのに本当に実現してしまっている。
俺は叫んだ。
「すげーよ、お前!」
凧に乗って飛んでる友達は、俺を見つけたのかニッと不敵な笑みを浮かべた。
お題『刹那』
体育の授業、特に徒競走は俺が輝く舞台だ。俺はクラスでも足が早く、運動会では毎回リレーの選手に選ばれていた。
自慢ではないが足が速い、というだけでクラスの女子からモテる。この前だって、バレンタインチョコをたくさんもらったから下々の者――いつもつるんでいる奴等に食べきれない分をわけてやった。
俺の学校生活は、華やかなものだった。中学三年にあがり、あいつが転校してくるまでは。
始めてあいつを見た第一印象は「オタクっぽい」だった。もっさりした黒い髪に、背は多分俺の方が十センチくらいデカい、おまけに眼鏡で猫背。俺の地位をおびやかす人間ではないと歯牙にもかけずにいた。
一学期最初の体育の授業がやってきた。やはり最初は、徒競走からだった。俺はいつものように思い切り走った。
タイムは、今までの最高記録を更新した。当然クラスでも一位だ。
まわりから「さすが」「はやっ」って声が聞こえてくる。俺は鼻が高かった。
何人か走ったのを見たが、俺を超えるものは現れなかった。次は転校生だ。なぜか眼鏡なんて外してやがる、オタクのくせにかっこつけてるのか?
そう思ったのも束の間だ。よーいどんの後、なにが起きたかわからなかった。そいつは地面を蹴り、一気にゴールを決めた。刹那と思える速さだった。俺もまわりのギャラリーも呆然としていた。
転校生がゴールした後、俺は先生が書くスコアボードに近寄る。そいつは、俺よりも一秒ほど速かった。
俺はその足で転校生のもとへ行く。
「お疲れ。早いじゃん、お前」
できるだけ爽やかに褒め称えるようにする。すると、転校生が顔を上げた。眼鏡で気づかなかったけど、こいつは女子が好きそうなアイドルに似ていた。
「べつに……もともと住んでたところで山を走り回ってただけだよ」
そう言って、転校生はTシャツで汗をふきながら去っていく。
足が速くて、俺よりもずっとイケメン。それだけで俺が築いてきた地位が足下から崩れ落ちるだろう。俺は拳を握りしめた。
お題『生きる意味』
「ねぇねぇ、生きる意味って何だろ?」
教室でお弁当を食べながら友達が口火をきった。それにしても、その話題自体が唐突だ。
「さぁ? わかんない」
「だよね」
「なんで急にそんなことを言い出したの?」
「これ、見てよ」
友達がスマホを私に向けてくる。見せられたのは、同じクラスのちょっと目立つ女子のインスタアカウントだ。
そこには顎に手の甲を向けるタイプのピースサインをあてがってる自分のキメ顔の上に手書きっぽい白文字でなんだかポエムが書いてある。最後に『これが私の生きる意味』でしめくくられてる。正直、ダサい……とはいえないので。
「もしかして、これに対して大喜利しろってか?」
「あ、それウケるね。じゃなくて」
友達が急にあさっての方を向き始めた。
「私の生きる意味ってなんだろうねって、ふと考えちゃったんだよね」
「んん? この子の場合は承認欲求だよ?」
「分かってる。前もクラスで『いいねが足りない』ってきりきりしてたりしね。でも、私のはそれとは違うんだよ」
しばらく沈黙が流れる。私はふと、思いついたことを言う。
「今こうやって喋ってることが私達の生きる意味じゃない?」
友達の頭上に電球が浮かぶのが見えた。
「え、なに? これプロポーズってこと?」
「ちがうわ」
「ちがくないって、照れてんぞこのこのー」
「照れてないわー、ってかやめろ、抱きつくな」
それから私達はじゃれあいながらひとしきり笑った。今の私達には、こういうくだらないやりとりをすることが生きる意味なのしれないと思った。
お題『善悪』
ものごころついた頃から俺は一人だった。両親の顔を知らない。人の死体があちこちに横たわってる街であてもなく歩いていたのが最初の記憶だ。
善悪の区別を教えてくれる親を持たない俺は、奴隷として売るために自分を捕まえようとしてくる大人を殺し、飢えを感じれば人が多い城下町へ行って金や食料を盗んだ。
そうでもしないと俺は生きていけなかったんだ。
あるとき、いつものように城下町へ盗みを働きに出るといつも盗んでいるパン屋の目の前に重たそうな鎧を身に纏った男に遭遇する。
見るからに強そうな男だった。強靭な筋肉をした足に蹴られてしまえば俺はそれだけで死ぬというのを感じる。
だが、腹は鳴るのだ。背に腹は代えられない。
俺は物陰から走ると、パン屋へ向かって盗みを働こうとした……が、ボロ布をかぶっただけの服の背中をつかまれて、持ち上げられてしまった。
「騎士様、このガキですよ! いつも売り物を盗むのは」
店主が俺に指を指して叫ぶ。俺は唸りながらじたばた暴れたが、次の瞬間首に衝撃を喰らって意識を失った。
次に目覚めた時は、柔らかいものの上にいた。今までに感じたことのないあたたかさを感じる。
目を覚ました俺は、ここがどこかを探る。暗い部屋にろうそくがついてるだけの簡素な部屋。
だが、べつに部屋があるようで俺はやわらかいものの上から降りると、そちらへ向かう。
いいにおいと、なにかがぐつぐついう音がして、その音の主は先程の騎士から発せられるものだった。
「目が覚めたか」
その言葉に俺は黙ってうなずく。
「まずは食事をしよう。君にいろいろ教えるのはそれからだ」
わけもわからずに騎士を見つめていると、騎士が鍋をかきまぜながら言う。
「君は俺が引きとる。俺も孤児だったから君のように悪さを重ねてきたんだ。だから放っておけなくてね。俺を育ててくれた親は亡くなったけど、天の思し召しなのかな? 君が俺の目の前に現れてくれてね」
火を止めて騎士が笑う。こちらを安心させようとしてあるのが感じられる表情に俺はなぜだか心があたたかくなっていくのを感じた。
お題『流れ星に願いを』
夜、友達の手を引いて丘を登る。今日、流星群が流れるって聞いたからだ。
やがて開けた丘の上に着く。相変わらず、なにもないこの村の夜空にはたくさんの星がきらめいている。
いつも見ている夜空だけど、毎回きれいだと思う。
「お前、願い事あんのかよ?」
友達に聞かれて、「うーん」とはぐらかす。
「それはこれから決める」
「ふぅん、あっそ」
「そういうお前はどうなのよ?」
「お前、わかってんだろ。俺の願いは流れ星に願ったって叶わないことを」
友達の見上げている顔がどこか悲しげに見えた。そうだ。こいつは、つい最近母親を亡くしたばかりだ、こいつのお母さんはずっと病気がちで、いつも面倒みていたっけ。
お母さんが亡くなった時、あいつが母親の亡骸にしがみついて一人泣いているのを見てしまった。
人を生き返らせることなんて、誰にも叶えることなんて出来ない。
「ごめん」
「いいよべつに。あ、流れ星」
空を見上げると、星が流れるのが見える。いくつも、いくつも星が尾を引いて、俺は手を組んでお祈りした。
(どうか、こいつが悲しまないように、元気になってくれますように)
流れ星そっちのけで、ずっと祈っていたら
「お前、なに一生懸命祈ってんの?」
とか言ってきた。
「どんな願い事だよ?」
友達がニヤニヤしながら聞いてくる。それがなんだか気恥ずかしくて、
「お前には教えねぇよ」
と友達の顔を視界に入れない代わりに流星群が流れ続ける空を見上げた。