白糸馨月

Open App
4/25/2024, 3:48:06 AM

お題『ルール』

「こらっ、また化粧して! しかもネイルまで……次の授業までに落としてきなさい!」
「えー、化粧くらいいーじゃん。授業にカンケーあるわけぇ?」
「関係なくても今からルールを守らないと、将来ロクな大人になれないわよ!」
「なにそれ、意味わかんない」
「意味わからなくてもいいからこっちきなさい! 化粧落とすわよ!」
「えー」

 クラスで騒がしいギャルたちが学年主任のおばさん先生に連れられて消えていく。私は普段から校則に則った服装をしている。ひとつ結びの黒い髪、眼鏡、ノーメイク、長いスカートに短い靴下。校則破ったら内申点下がるのにバカだなぁと遠目で見ながら思う。
 私が普段から校則を守るのは、教師に気に入られるためだ。より気に入られるために成績を良くしておくことも欠かさない。ちなみに眼鏡は、「賢そうに見えるからつけてる」だけのオプションだ。

 一日の授業をこなしてホームルームが終わった後、特に掃除当番でもなく、日直でもない時は誰よりも早く教室を出る。部活には入ってない。まわりのクラスメイトから、私は予備校に通うために早く帰ってるのだと思われてるらしい。
 だが、私は大学は推薦で入学する気満々だ。予備校には保険でしか通ってない。それに今日の行き先は別のところにある。
 私は、学校の最寄り駅から電車に乗り、しばらくして原宿で降りる。そこからトイレに入ると、眼鏡を外し、カツラを外し、ネクタイをゆるめ、スカートを短くする。頭につけたネットを外すと薄ピンクに染めたストレートヘアが解放される。それをブラシでといて、カバンから化粧ポーチを出して化粧する。ネイルをピンクに塗って

「よし、完璧!」

 と小声でひとりごちた。皆が知らないところでルールを破る私の行き先は、原宿のライブハウスで、今日は推しの地下アイドルが出るライブの日だ。推しのメンバーカラーはピンク。私は推しが好きそうな可愛い女子高生に扮して会いに行く。

4/24/2024, 3:38:54 AM

お題『今日の心模様』

 今日に限らず、私の心模様はずっと曇りです。っていうか、常時晴れの人がいるんだったらお目にかかりたいくらいだ。
 家と職場の往復だけする生活を送っていて、常に退屈極まりない。家にいても一人だし、恋人はおろか友達すらいない。気力がある時は自炊するけど、面倒な時は買って帰るか、外食してから帰る。
 ただ、こんな私でも時々心模様が晴れの時があって、YoutubeとかTiktokで推しの動画が上がると一気にテンションが上がる。あとは、ライブ行くとぶちあがる。
 だけど、それも終わると元の曇りに戻ってゾンビみたいに労働して家に帰るだけの生活を繰り返すんだ。

4/22/2024, 11:55:56 PM

お題『たとえ間違いだったとしても』

 刑務所の面会室に通される。無機質なコンクリートばりの一室で受刑者との間にガラスの仕切りがある。
 俺がパイプ椅子に座ると、ガラスの向こうの扉が開いて、兄が警察官に両脇を抱えられながら現れた。
 兄が椅子に座っても、うしろに警察官が控えている。見張りということなのだろう。

「兄さん」

 呼びかけるといつものように穏やかに笑う。そんな人間が人殺しをするとは到底思えない。俺達兄弟は父親から暴力を受けていて、社会人になって稼いだ金も皆、父の競馬やパチンコ代に消えた。
 あるとき、俺が父親に瓶で殴られかけた時、兄が父を同じように瓶で殴った。たしかに兄に助けられなければ、俺の命はなかっただろう。だけど

「こんなこと、俺は望んでない!」

 兄を目の前にして俺は涙が止まらなかった。兄はいつものように穏やかに笑いながら言った。

「たとえ俺がやったことが間違いだったとしても、お前を守れて良かった」

 その言葉を聞いて俺はうつむいてしばらく泣き続けた。

4/22/2024, 3:43:38 AM

お題『雫』

 朝起きて、毎回げんなりする。
 窓におびただしいほどの雫がはりついているからだ。私は、洗面所から雑巾を持ってきて窓についた結露を拭く。これをおこたると、部屋が湿気で臭くなるから面倒臭い。
 前に除湿機で湿気をとることを試したが、このしつこいほどの湿気はなかなか消えてくれなかった。
 この部屋に住み始めて二年近くが経つ。引っ越しはまだ考えてない。家賃がそこそこ安く、風呂トイレ別、駅近という好立地にあるからだ。近所にOKストアもある。
 だからこうして毎朝、窓にはりつく結露との攻防戦を繰り広げるのだ。

4/21/2024, 3:43:15 AM

お題『何もいらない』

 私の妻は欲がない。我々はいわゆる『政略結婚』というもので、お互いに被害が一致したがゆえに初対面の女と婚姻関係を結んだ。
 私は世間が流布する噂で「冷血漢」だの「目が合ったら首から頭が落ちてた」だの言われているらしい。たしかに私は、騎士を代々輩出する家柄だ。私も騎士で、戦場に駆り出されることが多い。戦に身を置けば、心を凍らせてないと仕事をこなせない。「目が合ったら首が落ちてた」は、それくらい俺が数多の人間の命を手にかけてきたということだ。

 きっと、私の妻は厄介払いでここに来たのだろう。本来、見た目麗しく気立てが良いとされている次女と結婚するはずが、長女の方と結婚することになった。
 次女の人柄は知っている。同じ学院出身だから。次女は外面がよく、裏で気に入らない者をいじめていたからひとまず安堵した覚えがある。
 なら長女も人柄が妹に似たのかといえばそうではない。妻は家に来た当初、高貴な家柄にしては地味な色のドレスを身にまとい、自信がなさそうで常にうつむき、メイドがやればいい仕事を率先して行おうとする女だった。
 それを私は許さなかった。妻に家事をやらせることをメイドに言いつけてとりやめさせた。地味なドレスでは気の毒だが妻の好みがわからず、とりあえず妻に似合いそうな白基調のドレスを注文した。のみならず、なにを与えればいいか分からないので高価なダイヤの指輪を与えた。そうしたら、「こんなに数々の品々にこの扱い、私にはもったいないです」と泣かれた。
 顔を覆った妻の手は、高貴な育ちに似つかわしくなく荒れていた。

 だから私は聞いたのだ。

「お前はなにが欲しいのだ?」

 すると、妻は涙を浮かべて言った。

「なにも欲しくありません。貴方が私に優しさを向けてくださる、それだけで私の欲しいものは手に入りましたから」

 妻はいわゆる妾の娘だという。妾であるがゆえに冷遇され、使用人のような扱いを受けてきたとのこと。だから、人に優しさを向けられるのは初めてだ、とのこと。
 私は目の前の妻の境遇が許せなくて、妻がいじらしくて思わず妻を抱きしめた。

Next