白糸馨月

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4/3/2024, 1:05:54 AM

お題『大切なもの』

 俺は魔王様を慕っていた。だが数年前、勇者に討ち果たされてしまった。ただの側近だった俺は、たまたま殺されることなく途方に暮れた。魔王様は、住む場所もなく、飢えに苦しんでいた幼い俺に手を差し伸べてくれた。住む場所も、飢えに苦しむこともなくなった。その分、村を襲うとか、略奪するとかの命令を自分の配下にしていた。魔王様に対する恩義があるから罪悪感がない。魔王様は俺にとって親のように大切な人だった。
 
 だが、勇者は魔王様を討ち果たした。ちまたでは『英雄』と呼ばれ称えられているらしい。俺にとっては『英雄』でもなんでもない。『仇敵』だ。
 ならば、奴の大切なモノを奪おう。さらに殺してしまおう。そうすれば、さすがに勇者も絶望するだろうから。俺と同じ絶望を味わわせてやる。

 かたわらの少女が目をぱちくりさせる。こいつは勇者の娘だが、さすがというべきか否か、魔王様の力を得て、世間で言うところのおぞましい悪魔の姿をしている俺に対して一切動じることがない。

「お前、俺が怖くないのか?」
「うん」
「今のこの状況、分かっているのか?」
「ユウカイ、でしょ?」

 少女は淡々としている。

「なぜ、怖がらない」
「あの人に比べたら、貴方の方が怖くないから」

 その言葉を聞いて一瞬、言葉を失う。

「あの人は勇者だけど、本当はお金と女の人が好きなだけ」
「それでも、お前の父親だろう。助けにくるはずだ。それに、お前を殺せば流石に奴も嘆き悲しむだろう」
「そんなことないよ」

 いよいよ、なにも言えなくなる。

「私、ママが死んじゃって。勇者様をたよりなさいと言われたから行ったら追い返されちゃったの。浮浪児の世話をしてる暇なんてない。そう言って、あの人は知らない女の人達と一緒にどっか行っちゃったの。だから、私のことは殺してもいいよ。どうせ来ないから」

 よく見ると、少女はボロ布を上から被っただけの服を身に着けている。髪もぼさぼさで目はうつろだ。
 まるでかつての俺を見ているようだった。

「なぁ、お前」
「なに?」
「俺のところへ来ないか?」

 少女の目に光が灯る。なんだ、俺は魔王の側近だぞ?

「いいの?」
「あぁ、お前に住む場所も、衣服も与えてやろう」
「本当に?」
「疑うなら俺についてこい。すこしはマシな飯を食わせてやる」

 俺はその場にしゃがむと、自分の背中を指差す。少女はおそるおそる近づいていくと、俺の背中にくっついてくる。立ち上がって、背負った少女は異常に軽かった。
 その時、俺の胸に知らない温かい熱を帯びた感情が中央から広がっていくのを感じた。

 あれから何年か経ち、その感情の正体が「幸せ」で、少女――今となっては、俺の娘は魔王様、いや、自分の命よりも大切なものとなった。

4/1/2024, 11:48:29 PM

お題『エイプリルフール』

「ねぇ、ネタ思いついた?」

 同期からLINE電話がきて、私は「考え中」と返した。私達は企業Vtuberで基本的な連絡手段はDiscordだが、同じタイミングでデビューした仲間は個人的にLINEでつながってる。もちろん、本名も知ってる。

「え、すごーい。私はパスかな?」
「なんで?」
「だって、スベったらハズいし」

 まぁ、そうだよなと思う。別にエイプリルフールなんて、やりたい人がやってるだけだし、やってない先輩ライバーもちらほら見かける。

「そっか。じゃ、一緒にかんがえない?」
「マジで? 私、ネタ枠じゃないけどいいの?」
「うん」

 言いながら私はいつも配信のネタを集めている小さなリングノートを取り出す。

「じゃあさ、こういうのどう? ほら、性別変えたり、動物になったり」
「却下。先輩がやってる」
「えー……じゃあ……去年の●●さんみたいなの、私好きだけど」
「うーん、いいと思うけどシリアスなのは私のキャラじゃないし」
「そっかぁ」

 同期が考え込んでしまっている。彼女は歌唱力がズバ抜けていて、エイプリルフールに歌ってみたを出すことは知っているが、ネタ的なことに関してはすこぶる弱い。
 そんな時、私はふと思いついた。

「私さぁ、バ美肉やってみようと思う」
「え? マジで言ってる!?」
「マジ」
「大丈夫。今も十分ネタ枠だけど、今後そのイメージついちゃうんだよ」
「いい。私は他の人がやってないことをやるの。んじゃ、準備してくるわー」
「うん、わかったー。頑張って」

 そう言って電話を切る。私はよし、と気合を入れるといつものメモ帳にバ美肉の中身となるおっさんのイメージ図を描き始めた。ただキモいだけじゃ、傷つく人がいるだろう。キモさの中に愛らしさを感じさせるおっさんを生み出すんだ。

3/31/2024, 11:27:22 PM

お題『幸せに』

※BL要素(片思い)を含みます。

 チャペルの重たい木製の扉が開かれ、新郎新婦が入場する。オーケストラのBGMにたくさんの拍手に包まれながら、白い衣装を身に纏った彼らが入場する。
 俺はそれを見て胸がいっぱいになった。目に入るのは、白いドレスの新婦よりもさわやかに笑う新郎だ。


「俺、今度結婚するんだよね」

 その言葉に俺はビール飲んでいたのを止めた。

「え!? マジ?」
「うん、マジ」
「おめでとう!」
「ありがと」

 照れくさそうに笑うあいつはきっと知らない。あの時、俺の長年の恋は粉々に砕け散ってしまった。

「幸せになれよ」

 気持ちとはまったく反対の言葉を口にすることで、悲しみに押しつぶされそうになるのをどうにか堪えた。


 新郎新婦が神父の前にたどりつくと、誓いの言葉を交わしていく。指輪を交換し

「誓いのキスを」

 神父の言葉が俺の心臓を串刺しにする残酷な言葉に聞こえる。彼等が口づけをしている間、俺は目をつむった。こうでもしていないと、耐えられないから。

(どうか、お幸せに)

 心でも呟くことで、俺は抱いていた想いを上書きすることにつとめた。

3/31/2024, 1:34:48 AM

お題『何気ないふり』

「あぁー、あたしフラれちゃったぁぁぁぁぁ」

 大学のサークルの飲み会で、カナミが机に突っ伏しておいおい泣いている。大所帯のサークルで、騒がしく、自分が飲むことと話すことに夢中だから、幸いなことにこちらに視線が集まることはない。カナミのとなりでマヤが背中をさすっている。

「大丈夫、あんな男のことなんか忘れな?」
「うん、今日はとことん飲む!」

 そう言って、カナミはカシスオレンジをくびっと飲む。だが、すでに飲みきっていたそれは氷だけになっていて、カラッと音をたてるだけだった。
 だが、カナミは飲みきった風にグラスを置いた。思ったよりも強く置いたようだが幸いグラスが割れないことに安堵する。

「なんで別れたの? あいつ、あんなにカナミにぐいぐい迫ってたのに」
「ちょっと、ハヤト! 今、それ聞く?」
「彼、釣った魚にエサやらないタイプだったみたい」

 マヤが静止したのを聞かず、カナミが鼻をすすりながら答える。これ以上は聞かずにいようと思ったが、カナミが自分からいろいろと話してくれた。
 最初は頻繁にラインしてきたから自分もその気になって、それからが手が早くて一緒に寝た後、急に彼がそっけなくなったとのこと。
 正直、俺はカナミのことが好きだ。好きな女の子のそういう話を聞かされるのは複雑な気分だ。
 その間、マヤはカナミを抱き寄せて頭を撫でている。俺はふと、口を開いてしまう。それは多分、酒の力によるものだろう。

「なんかあったら、俺に相談してよ」

 それにカナミが大きなアーモンドみたいな目をぱちくりさせ、マヤが「ハァ!?」と野太い声を上げ般若みたいな顔をして俺を睨んできた。

「あんた、さり気なくカナミくどいてんじゃないわよ!」
「いや、違う! 誤解だって! 俺は純粋に心配だから!」
「ふぅん……」

 マヤがジト目を向けてくる。俺の背筋が震える。そんななか、カナミが「えへへ」と鈴を転がすような声で笑った。

「ハヤトくん、ありがとう。カナミ、嬉しい」

 その愛くるしい笑顔に俺の心は撃ち抜かれた。たしかにマヤが言う通り、俺には下心しかない。だが、カナミの笑顔だけで俺は胸がいっぱいになった。
 俺は、自然と口角が上がって変態みたいな顔になるのを、ビールジョッキを傾けて隠した。

3/30/2024, 2:34:42 AM

お題『ハッピーエンド』

 人生にハッピーエンドなんてあるわけがない。
 映画やアニメ、本を読んでいてやれ『ハッピーエンド』とか言われているが、生きていてそんなドラマチックなことが起きるかと言ったら、答えはNOである。

 そんなことを考えながら日々を過ごしていた。推しのライブに行くまでは。

 私には歌い手の推しがいる。彼はとてつもなく人気で、彼が所属しているグループがライブやることを発表した時、TLがわいた。
 私にはリアルどころか、オタクの友達も一人もいなくて、でもライブには行きたかった。チケットの抽選に応募したら、倍率がめちゃくちゃ高いだろうに当選して、一生分の運を使い果たしたと思った。

 ライブ会場のキャパは、そこそこにある。そこにぎっしりファンがつまっている光景は壮観だった。
 私は推しのカラーの赤いペンライトを持ち、『撃ち抜いて』と書いたうちわをもう片方の手に持って心臓を高鳴らせながらライブの開演を待った。

 ライブが始まった時、それはもう言葉に言い表せないほどだった。歌い手グループだから皆、歌唱力が高いのは当たり前――口から音源かと思うほどで、カラフルなライトに照らされた推しがイケメンの姿を借りた神様に見える。
 そんな時、客降りが始まる。メンバーがステージから降りて客席の前を歩いていく。私は端の席だったが、彼等は皆びっくりするほどスタイルがよくて腰が細かった。なにより皆、美しかった。
 そんな時、推しが近くに来たのを目にする。私は黒地に赤い文字で金の装飾を頑張ったうちわをかかげた。ちょうど横に来た推しが私を見て、目をぱちくりさせる。
 実際の時間は一瞬だったと思う。でも、推しと目が合ってる時間がすこし長く感じられた。
 かと思ったら、推しがいたずらっぽい笑みを浮かべて手を拳銃の形にすると「バァンッ!」と撃つ真似をしてくれたのだ。
 私がいたブロックから一斉に悲鳴が上がる。手を振りながら去りゆく推しの姿を見る。

(あっ、今なら死んでもいい)

 神様みたいな推しに相手してもらえて、オタクの悲鳴に包まれて、今私は推しに殺されたと思いたい、今この場で倒れたくてたまらない。人生のハッピーエンドとはこういうことなんだと実感した。

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